民主党時代の暗い気分を払拭するべく始まったアベノミクス。
約6年が経ちました。
首相は6年ほど経ったアベノミクスについて2018年7月20日付けで下記のように声明を出しました。
安倍晋三首相は20日、自民党本部で行われた「政令指定都市議員連絡協議会」の懇親会に出席し、アベノミクスなど安倍政権の政策について「まだまだ道半ばだ」と述べ、引き続き政権を担う意欲を示した。
まだ「道半ば」だそうです。6年もやっているにもかかわらずです。
このおっさん何言ってんだろうくらいには庶民の我々でもなるでしょう。
ならないのはよいしょライターと信者くらいです。
以前も別記事で書いたのですが、実はアベノミクスは完全に失敗しています。
一見成功しているように並べられている数字は全てと言っていいほどでたらめです。
*去年書いた記事で結構読まれているのがありますのでこちら興味があれば読んでみてください。
さて、アベノミクスの失敗は私が指摘するまでもなく、その失敗は当の関係者がとっている行動からもわかります。
例えば、黒田総裁は今年の5月に物価目標(インフレターゲット)の達成時期を削除しました。当初は3年もあれば達成するといい、それを外し、延長してさらに外し、とうとう目標の達成時期自体を削除したのです。
日銀の黒田東彦総裁は10日、東京都内で講演し、4月の金融政策決定会合でこれまで明示していた物価上昇率2%目標の達成時期見通しを削除したことについて「各種のリスクがあり、不確実性が大きい状況では計数のみに過度な注目が集まることは適当ではない」と理解を求めた。
https://www.sankeibiz.jp/macro/news/180511/mca1805110500004-n1.htm
簡単にいえば目標の放棄です。「そのうちやる」という大阪人得意のフレーズに近い。
これとアベノミクスとの関係ですが、安倍首相が2012年当時述べていたようにアベノミクスの正否は「内需拡大によるデフレ脱却」ですから黒田総裁が物価目標を放棄することはアベノミクス失敗の自供を意味するのです。
(そもそも物価が上がればいいというのは間違いなんですがまあそれは今回はおいときます)
さて、総裁選に向けて「責任」というスローガンを掲げる安倍総理。
それならば6年もやって全く経済政策で結果を出せていない事実を受け止めてとっとと黒田総裁もろとも辞めるべきなのですが、まだまだ権力の座に居座りたいようです。
前置きが長くなりましたが、いよいよ本題です。
この度政府側はこのアベノミクスの失敗をごまかす一環として「新三本の矢」というのを出してきました。
これがまあひどいんです。
ということで今日はこの新三本の矢の問題点とそもそもなぜアベノミクスは何をやってもうまくいかないのかについて書かせていただきます。
■新三本の矢は何も成さないと言える理由
アベノミクス「新三本の矢」の問題点とは何かという話に早速入っていきましょう。
これは結論から言うと具体的な行動が何も書かれていないということに尽きます。
最初の三本の矢を見ればそのネタ切れ感が一目瞭然ですので並べてみましょう。
安倍政権発足当初出された三本の矢は下記です。
- 「大胆な金融政策」
- 「機動的な財政政策」
- 「投資を喚起する成長戦略」
三つ目はやや具体性に欠けますが、詳細を読むと規制緩和・構造改革だというのはわかりますので、まあ大丈夫なラインかと思います。(是非はともかくとして国家戦略特区が実際出来ました)
さて今度の新三本の矢は下記です。
- 希望生み出す強い経済(2020年のGDP600兆円)
- 夢紡ぐ子育て支援(合計特殊出生率1.8)
- 安心つながる社会保障(介護離職0)
私もこれ最初見たとき3度見くらいしたのですが、首相は本気です。
こういうのってコンサル会社が入っているはずなんですが、数百万数千万かけてコンサルがこれ作って持ってきたらあなたが社長ならぶん殴りたくなりませんか?笑
ただ、これを安倍さんが発表しているのですからマジなんでしょう。
新三本の矢の終わってる感は御用学者のコメントからも垣間見れます。(彼らでも擁護しきれない)
安倍さんの御用学者である高橋洋一先生は『断言しよう。安倍内閣「新・三本の矢」は必ず達成できる!〜日本経済「名目GDP600兆円」が3年で実現可能な理由』という荘厳なタイトルをつけて記事を書いているのですが、中身は以前の三本の矢の話だったり、消費税の話だったりと新三本の矢から逃げています。
おい新三本の矢の話をしてくれよと突っ込みたくなります。
(結果的に達成するだろうみたいな論理展開にして同氏はごまかしているように伺えます)
https://gendai.ismedia.jp/articles/-/46035
そもそも「矢」というからには的(目標)を射抜くための手段を書くべきですよね。
なのになぜか矢にも目標書いているんです。
例を挙げると「GDP600兆円」はアベノミクスを実現する「手段」という位置付けでなければおかしい。(ロジックツリーの構成的に)
もちろんGDP600兆円は単なる定量目標でありそれだけでは何も意味をなしません。
ですが、なぜかその他の新三本の矢もアベノミクスを為す骨組みのところに書かれているのです。
■思想が間違っているからデフレ脱却は安倍政権において不可能
ネタ切れの末に作った企画書感満載のアベノミクス新三本の矢ですが、なぜこのようなネタ切れ状態になるのでしょうか。
これに対する私の見解をここからは書きます。
結論としてはそもそもの思想が誤っているからです。
間違ったところから始まっているがゆえに為すこと全て行き詰まるし、6年方向転換せずにやってそろそろ玉切れのお手上げ状態になっているというのが私の見立てです。
さて彼らの誤った思想とはどういうものなのかですがこれはアベノミクスがここ6年ほどで進めてきた政策を見ればわかります。
- 低賃金外国人労働者の大量受け入れ
- 異次元の金融緩和による円安誘導
- 聖域なき関税撤廃を前提とする自由貿易協定のTPP(発行見込み)
- 配偶者控除廃止の検討
- 農協の株式会社化
- 水道事業の民営化検討
- 高プロの制定
いわゆる規制緩和・構造改革路線ですね。
平たく言えば、既存の秩序を解体し競争を強化することで世の中が活性化するという思想です。
この路線を支持する人の頭の中身は下記のようになっていることが非常に多い。
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これまでの日本は既得権益を甘やかしすぎた。
それにメスを入れることで日本の経済を再度復活させられる。
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あなたももし安倍政権を支持しているのであれば上のような考えをしているかもしれません。
ただ、この考えは絶対に誤りです。
「経済」とはその語源を「経世済民」とすることからも「世の中をよく治めて人々を苦しみから救うこと」が思想として前提になくてはありません。
「適者生存」を促す構造改革路線はこの経世済民という考えとは逆行します。
確かに既得権益はあるんでしょう。
しかし、それを攻撃すれば解決するんですか?
もっとでかい既得権益ができるだけではないですか?
多くの人が不幸になるだけではないですか?
今の安倍政権及びその体勢支持者は現状の問題点を民主党時代に全てなすりつける傾向がありますがそれは間違いです。
20年以上も停滞させた主要因は自民党です。政権担当年数から明らかです。
ここ20年彼らが「構造改革」という路線を堅持し続けたことが日本の停滞の要因です。
これだけ失敗しても未だに自民党は堅持していますが構造改革路線は何か結果を残したのかと振り返った時に、派遣法がその筆頭例ですが、日本における貧困を加速させただけです。(特定事業者が利益を得る代わりに)
派遣法は一例です。
ここ20年のサイクルを並べると
「構造改革!」→失敗→「まだ構造改革が足りない!」→失敗「もっと強力な構造改革が必要だ」
ということを一貫して繰り返しており状況は年々悪化していくばかりです。
ちなみに彼らがこれほど失敗を繰り返しても反省せず、けろっとしていられる理由は何なのでしょう。
私はトマス・ホッブズの『リヴァイアサン』にその理由を見られると考えています。
こうした万人の万人に対する戦争から当然の帰結として導かれるのは、不正なものは何もないという結論である。ここには、正否とか正邪とかいった概念が存在する余地はない。共通の権力が存在しないところには、法も存在しない。法のないところには不正もない。武力と欺瞞は戦争における二大徳目である。
『リヴァイアサン』トマス・ホッブズ(2014)光文社
なぜいきなりホッブズの思想を取り上げるかというとホッブズの思想は極めて安倍政権及び自民党支持者に顕著に見られるからです。(おそらく無意識にこの思想をよりどころにしている)
ホッブズの思想の利便性とは全ての起こった結果を「そうなる運命だった」と受け入れさせる力があるところです。
「ホッブズの思想」というのはいうまでもなく万人で闘争させたらいつかは平和になるよっていう考えです。
その証拠に、構造改革論者はたとえば社会的弱者に対して「君の努力が足りない」とか「俺はこれだけひどい境遇だったがうまくやった」といった発言をよくしていますよね。
あれはまさに『リヴァイアサン』の発想です。
■支持者が行う支離滅裂な論法への吐息が止まらない
ここから書く話は今更感がありますが興味があれば読んでください。
安倍さんは「内需拡大によるデフレ脱却」と言っていました。
「内需拡大」とは「我々庶民の消費する能力を高めること」を意味します。
これはどうやったら高まるかというと「富の偏在が緩和され、より多くの人が購買力が強化されること」に他なりません。
特定の人に富が集まると、お金持ちはお金を使い切れないし、貧困層は最低限の消費すらもためらうという結果になり、通称「デフレギャップ」というものが発生します。
このあまりにあたりまえのことをあえてか何なのか知りませんが逆のことをやりながら「デフレ脱却」と言っているのが安倍政権なのです。
例えば、TPPで関税を下げて自由貿易を強化すれば「デフレ」は加速します。
二つ目の例としては、低賃金で働く外国人労働者を大量に連れてきたら「デフレ」は加速します。
三つ目は解雇規制の緩和をすれば雇用不安や解雇の横行から消費は停滞し「デフレ」は加速します。
経済学を勉強されているお偉方であればなおのことこの書いている意味はおわかりいただけるでしょう。
しかしなぜなんでしょう。
最近はアナリストや経済をよく理解していると標榜している連中ほどなぜかこの当たり前のことと逆のことを言っています。
例えばよく見るのが「デフレ脱却のために賃金の引き上げが必要だ。だからTPP賛成。だがら雇用規制の緩和賛成。だから農業団体の解体賛成。」みたいな支離滅裂な論法です。勘弁してくれという話です。
「デフレ脱却」をするには新三本の矢なんて置いておいてそもそもの思想を入れ替えるべき
これに尽きます。新三本の矢を急ごしらえしようが絶対にうまくいきません。
今までの行動と全くの正反対にしなければいけません。
そうでなければアベノミクスは永遠にうまくいかないどころかさらに状況が悪化するだけです。
ただ、状況を見ると憂鬱ですね。
*下記は参考図書です。