保守について

小池百合子は保守なのか?

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最近メディアをお騒がせの小池百合子氏。

多くのメディアが尺を多く使って彼女の動向を注視しています。

 

都議選のお祭り騒ぎをさらに拡大する狙いからなのか、このたびは「希望の党」という国政政党まで立ち上がりました。

設立会見の模様について927日付の産経新聞の報道では以下のように書かれています。

国政政党「希望の党」が27日午前、東京都内のホテルで設立会見を開いた。代表を務める小池百合子都知事は会見のあいさつで「しがらみのない政治、大胆な改革を築いていく新しい政治、まさに日本をリセットするために立ち上げます」と語った。

 新党については「寛容な、改革の精神に燃えた保守」と説明。

『「寛容な保守改革政党」と小池百合子氏 「大胆な改革」とも』

http://www.sankei.com/politics/news/170927/plt1709270025-n1.html

 

小池百合子氏がつくった新党を一言で表すと、寛容な?改革の精神に燃えた?保守?とのことです。

日本に自民党とは異なる保守政党を作るというのが趣旨であるようで、安倍政権には批判的な論陣を張っています。

 

 

ただ、良識のある人であれば、「寛容な、改革の精神に燃えた保守」という言葉をきいたら以下のような反応をするのではないでしょうか。

「えっ?なにそれ?」

「保守なのに改革?」

「寛容なとはなに?」

 

 

私が思うにそのあなたの感覚は至極まっとうです。

今日は、選挙も近いということもあります。

そこで、保守思想派の権威とも言われるシャルル・ド・モンテスキューを使って「保守」とは何かを考える機会とします。

(私の政治的立場は自民党と希望の党双方不支持です。)

 

 

■目次

小池百合子は保守なのかを党網領と発言で振り返る
モンテスキューの生み出した保守思想の根幹
東大卒業だろうがMBAだろうがあてにならない

■小池百合子は保守なのかを党網領と発言振り返る

さて、小池百合子氏は自らのことを「保守」と言っています。

本当なのでしょうか。

 

私が不見識なのかもしれませんが、とても小池百合子氏からは保守とは言い難い発言が続出しているのです。

 

 

 

安倍総理や小池百合子氏、維新の会を批判すれば「左翼」だの「バヨク」だの「共産党員」だのと揶揄されますがそれでもやはりおかしいものはおかしいですね。

 

 

伝統的な正統派保守思想から検証した場合小池百合子氏が「保守」であるとはどう考えても思えないのです。

 

 

ここではいろいろあるのですが、小池百合子が保守ではないと断言できる点をある一点に絞ってお話したいと思います。

まず手始めに党網領を見ていきましょう。

我が党は、立憲主義と民主主義に立脚し、次の理念に基づき党の運営を行う。常に未来を見据え、そこを起点に今、この時、何をすべきかを発想するものとする。

1 我が国を含め世界で深刻化する社会の分断を包摂する、寛容な改革保守政党を目指す。

2 国民の知る権利を守るため情報公開を徹底し、国政の奥深いところにはびこる「しがらみ政治」から脱却する。

3 国民の生命・自由・財産を守り抜き、国民が希望と活力を持って暮らせる生活基盤を築き上げることを基本責務とする。

4 平和主義のもと、現実的な外交・安全保障政策を展開する。

5 税金の有効活用(ワイズ・スペンディング)の徹底、民間のイノベーションの最大活用を図り、持続可能な社会基盤の構築を目指す。

6 国民が多様な人生を送ることのできる社会を実現する。若者が希望を持ち、高齢者の健康長寿を促進し、女性も男性も活躍できる社会づくりに注力する。

『希望の党綱領全文』日本経済新聞 2017年9月27日付

https://www.nikkei.com/article/DGXLASFS27H0S_X20C17A9000000/

 

ここに関してはバックに優秀な方がおられるのだと思われますが、「当たり障りのない」ことが書かれています。

批判するべきところは見当たりません。さすが小池百合子氏???

 

 

ただ、この党網領と小池百合子氏の立場が完全に不一致なところがあるということを私は指摘します。

それは、冒頭の「立憲主義と民主主義に立脚し」、、、という箇所です。

 

要は、小池百合子氏は立憲主義に立脚している人間ではないのです。

彼女の安保法案に対する見解でそれは明確なものとなります。

『安保関連法成立…集団的自衛権、限定行使可能に』(読売)http://www.yomiuri.co.jp/politics/20150919-OYT1T50008.html… → 安全保障関連法が可決、成立した。法案への国民の理解は深まらずじまいとなったことは残念だ。法案成立のための国会技術を優先、「平和安全法制整備法」と「国際平和支援法」の計11本をまとめて審議したマイナス面といえる。
厳しい国際情勢の現実に直面して、「そうだったのか」と国民が理解し、慌てて法整備するよりはよいだろうが。

小池百合子氏Facebookページより 2015年9月19日付

彼女の説明では、国民に説明が不十分だったが厳しい国際情勢の現実を踏まえると致し方なかったという立場を取っています。

 

この安保法案存続への立場は希望の党への合流を希望する民進党議員に対しても使っていることを複数のメディアが報じており彼女にとって政治思想の基盤となっているようです。

以下は日刊スポーツと産経ニュースの記事です。

小池氏は都内の日本記者クラブで会見を行い、衆院選出馬をこの日は否定。民進党離党者について、安保法制に否定的な候補者を公認しない考えを示し、党内選抜を始めた模様だ。安倍晋三首相(自民党総裁)は、東京・渋谷で解散後の「第一声」を発した。

『安保の踏み絵迫られても前原氏「希望の党を大きく」』日刊スポーツ 2017年9月28日付

https://www.nikkansports.com/general/nikkan/news/201709290000151.html

 

 希望の党関係者によると、公認の可否は安保法制存続と憲法改正に賛成するかを基準に決める。2年前の安保関連法案の衆院採決で賛成した旧民主党議員は一人もいない。看板を替えた民進党は安保法制は違憲だとして公然と「白紙化」を訴えてきた。希望の党は公認申請者に「改宗」を迫っているに等しい。

『民進党左派に「踏み絵」 ハードル高い希望の党の選考基準、合流拒否も… しかし細野・若狭氏も「すねに傷」』産経ニュース

2017年9月29日

 

さて、いろいろと検証する点はあるのですが、字数もあるので簡潔に書きます。

 

結論から言うと小池百合子氏安保法案に賛成している時点で断じて「保守」ではありません。

難しく考える必要はありません。

 

私は大学の教授ではありませんけども、難しく考えない方がよくわかることに最近気付きました。

 

 

先ほどのものを含め小池百合子氏の発言をチェックすると安保法案に関して「国民への説明が十分でなかった」と述べています。

ただ、これはデタラメなのです。ちゃんと話せば違憲だとわかるだけの話なのです。

 

安保法案というのは単純な問題で、「現行憲法の枠組みの中で集団的自衛権を行使できるか否か」が問題です。

それに対しての答えは「無理です。違憲です」というだけの話なのです。

 

自民党(小池百合子含め)「集団的自衛権は必要か」という問いにすり替えようとするのですがすべて論点ずらしです。

 

 

そもそも自民党はこれまで集団的自衛権を行使できない理由として憲法があるからと述べてきた当事者です。

その当の本人が憲法を破壊しに行っているのです。

 

「北朝鮮の脅威が」「中国の脅威が」と言いながら安保法案を擁護する人が自称保守系論壇人に多数いますが、外圧に対して国家の最高法規を解釈でコロコロ変えられるようになれば攻められる前に内部から滅びるのは明快です。

ちなみにヒトラーは同じような形でワイマール憲法を骨抜きにしました。

 

我々が警戒すべきは北朝鮮以上に保守を偽装する安倍総理や小池百合子という政治家なのです。

 

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■モンテスキューの生み出した保守思想の根幹

さて、このようなデタラメでも「政治家のお偉いさんが言うんだから」とか「総理大臣が言ってるし」という形で騙されてしまう人がいてしまうのは事実です。

 

そうならないためにもモンテスキューの名著『法の精神』だけでもぜひ読んでいただきたいと思います。

そうすれば本当の意味での保守とは何かや保守的であることの重要性がわかるはずです。

 

 

モンテスキューは無知蒙昧であることの危険性を『法の精神』の冒頭で語ります。

無知蒙昧の時代には、最大の悪事をなす時にさえ、人々はなんの疑惑も抱かない。啓蒙の時代には、最大の善事をなすときにさえ、なお人々はおののくのである。

『法の精神』シャルル・ド・モンテスキュー(2016)中公クラシックス P5

 

では、モンテスキューが記した保守思想の根幹は何か?について書きましょう。

 

彼の保守思想は、社会を安定化させているあらゆる「法」(今ある秩序)を最大限尊重せよというところに宿っています。

 

 

実は一般的に誤解されているのですが、モンテスキューの言っている「法」は実定法(明文化された法律)だけを指すのではありません。

我々の住む世界を安定的にしているあらゆる法則を述べているのです。(マイケルポラニーの言葉を借りれば「暗黙知」)

 

 それらは、国土の自然条件、気候の寒冷、暑熱、温暖、国土の地味、位置、大きさ、民族の生活様式、・・・と関連したものでなければならない。それらは、政体の許容しうる自由の度合い、住民の宗教、その性向、富、数、交渉、風俗、習慣と見合うものでなければならない。最後に法律は、それらの相互間の関係を持つ。法律は、それら自体の起源、立法者の意図、それが制定された基礎となる事物の秩序と関係している。法は、まさにこれらすべての観点において考察されねばならない。

『法の精神』シャルル・ド・モンテスキュー(2016)中公クラシックス P16

 

あくまで私の読み方なのですが、モンテスキューは実定法以上に慣習のような「人々が年月をかけて育んできた法則」をより重要なものだと考えていました。

それはおそらく「悪法も法なり」ということがあり得ることを察知していたからでしょう。

 

この辺りは孔子の思想とも相通ずるなというところですが、民衆は「実定法」だけではコントロールできないと考えていたのです。

 

民主制の原理は、人々が平等の精神を失うときのみならず、極度の平等の精神を持ち、各人が自分を支配するために選んだ者と平等たろうと欲する時にも腐敗する。そうなると人民は、自分が委任した権力すら我慢できず、元老院に代わって審議し、執政官に代わって執行し、全裁判官を罷免し、何もかも自分自身でやろうとする。・・・もはや習俗はなく、秩序への愛もなく、ついには徳性もないであろう。

『法の精神』シャルル・ド・モンテスキュー(2016)中公クラシックス P100

この辺りはエドマンド・バークやアレクシ・ド・トックビル、マイケル・オークショットなども共通認識としているようで、保守思想の根幹とも言えます。

 

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■東大卒業だろうがMBAだろうがあてにならない

ほんの少し前まで、私はマッキンゼー出身の人や東大出身の人を見ては恐れおののき彼らの言うことは正しいものだと勘違いしていました。

 

ただ、転機はNPというメディアアプリでいろんな人のコメントを見るようになってからですね。

モンテスキューもエドマンドバークも読まない人間が「保守」を語り、違憲の法案を通した安倍を「保守」だと担ぎ上げる始末です。

 

読んだからといって偉いわけではないのですが、いわゆる時代を超えて「保守」と呼ばれてきた彼らの思想をないがしろにする人間を「保守」と言ってはおかしいでしょう。(安倍総理や小池百合子氏)

 

保守観というのはもちろん個々に差はありますし、国によっても多少の相違はあります。

ただ、いわゆる正統派保守と呼ばれる人たちには共通点があるのです。

 

その足掛かりとしてモンテスキューを読んでみてください。

そうすれば、「東京大学卒業後、〇〇会社出身」のような人がショーンKとそれほど大差がないことがわかるはずです。

彼ら・彼女らは金儲けが得意なだけで、それが即あらゆる分野に精通しているということにはなりません。

 

恐るるに足らずです。

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