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保守について

自称保守のネトウヨはなぜあんなにバカなのか

更新日:

突然ですがあなたは「保守派」と聞いてどういった人を思い浮かべるでしょうか。

  • 中国や韓国に対して憎悪を抱くこと
  • 安倍政権を盲信すること
  • 日本に批判的な言論を全て「反日」だということ
  • 百田尚樹や櫻井よしこなどは「反日左翼」と戦っていると思い込むこと
  • 今の日本国憲法はアメリカの押しつけ憲法だと思うこと

 

まあいろいろあるかもしれません。

ただ、このブログでは何度も指摘して言っていますが、こういう認識をすることは保守でもなんでもありません。

彼らは自称「保守派」「愛国者」を名乗るわけですが全てデタラメなんです。

 

しかしながら私の叫びも虚しく、今日我が国ではこの保守を偽装するバカな連中(先にあげた特徴を持つ人たち)が自分たちを「まっとうな人間である」と叫んで勢力を拡大し続けています。

 

 

これは非常に危険な兆候と言えます。集団カルトになりつつあるすら感じます。

そこで今日は、この急速にネット言論を中心に拡大しつつある自称保守のデタラメさおよびバカさ加減について改めて書かせていただきます。

 

■自称保守に貫徹されるもの

自称保守の特徴というと先にあげたように個別具体的に見ていくとそれはそれはたくさんあります。

それゆえに捉えどころがなさそうに見えるのですが、そんなことはありません。

 

それぞれに貫徹しているものは何かということを考えていった時に一つのことが言えるのです。

いきなり結論からになりますが、自称保守に共通するものとは特定の対象に対する異常なまでの盲信です。

具体的には、安倍政権という権力への盲信という時もあれば、中国や韓国に対して異様なまでの憎しみを持つご都合主義的な歴史観だったりが挙げられますね。

 

いずれにせよ特定の認知を盲信するというのが共通しています。

そして、これらを彼らは絶対に修正することはありません。

 

なぜ特定の認知を盲信するのでしょうか。

 

おそらく、その盲信自体が自称保守を名乗り続けるためのアイデンティティだからだと私は考えています。

逆に言えばこの認識が崩れると自称保守としては死を意味するでしょうね。

 

 

ところで、この自称保守たちがアイデンティティを維持するために武装している各種認知は一見すると何も問題がないのですが、根本に爆弾を抱えています。

 

それは、ご都合主義的に集めているため各種認識を合わせた時に完全に論理破綻しているというところです。

 

例をあげましょう。

自称保守のネトウヨたちは韓国をすごい敵視しているのはご存知でしょうか。おそらくご存知かと思います。

はたから見ているとなんであんなに韓国に憎悪の感情を抱くんだろうと思うほどです。

 

実はあれには理由が幾つかあるんですが一つ象徴的なものがあるのです。

それはズバリ第二次大戦中の慰安婦に関わる歴史観があげることができます。

つまり、戦時中の出来事のせいで韓国には痛い目にあったから憎悪の対象としなくてはいけないという考えを自称保守は持っているということなのです。

これについては自称保守のネトウヨも反対しないでしょう。

 

 

慰安婦の話題で迫ってくる韓国はバカだと考えている自称保守は多いですからね。

そして、かたや韓国の肩を持つかのような歴史観を示せば「朝鮮半島に帰れ」「反日日本人」「なんでそんなに日本が嫌いなの?」というテンプレートを披露するのも恒例です。

 

 

さて、歴史というのはその立場によって見方が変わるため熟慮や熟議を必要とするというのが保守思想に脈打つ「常識」なのですが、自称保守であるネトウヨの中では慰安婦問題は「韓国が悪い」で早々に決着がついているんです。

(*もちろんホロコーストのように完全に「悪」なものもありますが、慰安婦については現在裁定を下すに足る検証は整っていません)

 

 

ネトウヨというのはこの辺りからしてすでに「保守的な態度」とは著しく乖離しているんですね。

まあ、その歴史に対する横柄な態度はさておきましょうか。

もっと簡単にデタラメぶりがわかりますからね。

 

 

その方法は、彼らの慰安婦問題についてのストーリーを「彼らが盲信している対象がとった行動」と照らしてみてください。

すると彼らなりの「ホシュ思想」が内部崩壊することがわかるでしょう。

 

 

「彼らが盲信している対象」とはもちろん安倍晋三さんなのですが、安倍晋三さんは自称保守のネトウヨが大事にしている歴史観をぶっ壊す行動をとっているんですね。

 

朝日新聞の2014年の報道によれば安倍総理は下記のように述べています。

歴史認識については、戦後50周年の機会には村山談話、60周年の機会には小泉談話が出されている。安倍内閣としてはこれらの談話を含め、歴史認識に関する歴代内閣の立場を全体として引き継いでいる。慰安婦問題については筆舌に尽くしがたいつらい思いをされた方々のことを思い、非常に心が痛む。この点についての思いは私も歴代総理と変わりはない。

この問題についてはいわゆる河野談話がある。この談話は官房長官の談話ではあるが、安倍内閣でそれを見直すことは考えていない。歴史に対して我々は謙虚でなければならないと考えている。歴史問題は政治・外交問題化されるべきものではない。歴史の研究は有識者や専門家の手に委ねるべきだと考えている。

『河野談話をめぐる安倍首相・菅官房長官の発言詳細』、朝日新聞デジタル、2014/03/14

ここで大事なのは安倍首相が「河野談話」という戦後の歴史認識において日本軍の非を認めることも含めた談話を「見直すことは考えていない」と述べているところです。(二段落目)

もちろん検証されるべきとは言っているものの歴史に謙虚であるべきという自説をそのあと展開していることからも少なくとも「河野談話」を否定はしていません。

 

 

この河野談話の是非はともかくとして、自称保守の立場からすると安倍晋三という信仰の対象がこの見解をすることはあってはならないことです。

その理由は、繰り返しになりますが「河野談話」は戦時中の日本の落ち度を少なからず認めるものだからです。

 

仮に、先ほどの「韓国は悪い」の結論を貫くのであれば自称保守は「安部は反日」「安部は朝鮮半島に帰れ」「安部さんなんでそんなに日本が嫌いなの?」という反応をする必要があります。

 

 

ここで私が言いたいことをまとめます。

自称保守がダブスタではなく論理的整合性をとるために本ケースではいずれかを選択する必要があるのです。

  • 自分たちの歴史認識が間違っている
  • 安部さんは反日だと言い始める

実際のところ彼らはどうしているのかというと、上記のいずれでもなくダブスタを継続するという選択をしています。

それゆえに端から見たらバカとしか思えない状況になるのです。

 

ご都合主義的にいろんなものをちゃんぽんしてきたせいでそれぞれを合わせた時に瓦解するというところまで頭が回っていないのがネトウヨ脳というわけですね。

 

これは特定のものを多面的に見ることなく盲信する結果が生み出しているのは言うまでもありません。

 

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■本来の保守派と対極にいるのが自称保守

さて質問です。

 

保守派の重鎮と聞いて誰をあげますか?

 

ここで櫻井よしこ、百田尚樹、竹田恒泰、ケントギルバートなどが上がってくるようであれば、これらの人物は保守でもなんでもないと認識してください。ご都合主義的に歴史観を作り上げ、特定の権力を盲信する悪党です。

 

これらの人たちの本は長い歴史の中で繰り返し読まれてきた保守思想とは格が違います。読み比べればすぐにわかります。

失礼かもしれませんが、これらの著者を「保守派」だと思っている方はまともな保守思想の本を読んだことがないと思わざるをえません。

 

 

通常、「保守派」といえばエドマンド・バーク、マイケル・オークショット、アレクシ・トックビルなどが上がってくるでしょう。

日本であれば、福田恆存や三島由紀夫、山本七平などでしょうか。これは別にインテリを気取るものでもなんでもなく常識です。

 

保守を語りながらエドマンド・バーク読んだことがない人をネトウヨ以外で見たことがありません。

 

これについては私の独断と偏見ではありません。歴史的に広く共有された「常識」です。(より一般的に認められた偏見と言いましょうか。)

むしろ前述の自称保守を「保守派」と考えることこそひどい偏見です。

 

 

こういう話をすると自称保守のネトウヨからは「お前も特定の思想を盲信してるじゃないか」と言われるかもしれません。

もちろん私もこれらの人物を盲信するべきとは思っていませんし問題点も把握するよう努めています。

 

しかし、少なくとも彼らは世界的に長きにわたって「常識人」として慕われてきたのであり「絶え間のない検証を生き残った」偉大な思想の持ち主であることに疑いの余地はありません。

 

ちなみに、彼らの著作に流れる「保守観」とは特定の物事の見方を盲信するなというものです。

皮肉なことに、自称保守のネトウヨ的認識のカテゴリーとは対極に位置するものが伝統的保守思想に脈々と流れるものなのです。

 

 

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■自称保守が増長する理由

ただ、批判しつつも自称保守が社会にこれほど溢れている現実に目を背けてはならないと個人的には考えています。

この呪縛を解かなくてはさらに自称保守が増長することは避けられません。

 

さて、自称保守がこれほどまでに増長する理由はなんなのでしょうか

これはいろいろな理由が考えられると思いますがその一つに思想自体を軽んじてしまう我々の社会の風潮にあると考えています。

思想にはまることをバカか暇人の所業と思っている人が現代人には非常に多い。

 

しかし、この思想を軽んじることが皮肉にもロクデモナイバカげた思想に騙される結果に繋がるのです。

仮にでも自らに確固たる思想が一つでもあったならばおそらくここまで自称保守は増長しなかったのは間違いありません。

 

 

何を隠そう、価値判断の尺度を全く放棄したがゆえにバカげた世界観に多くの人が動員されてしまっているのが今のネトウヨなのです。

マイケル・オークショットが『政治のおける合理主義』の中で興味深いことを述べています。

政治的活動についての我々の理解が、深まれば深まるほど、それだけいっそう我々は、もっともらしいが誤った類推にほんろうされることが少なくなろうし、またそれだけ我々は、誤ったトンチンカンなモデルに誘惑を感じることも少なくなろうということ。
『政治における合理主義』マイケル・オークショット(1988)勁草書房 P184

「政治についての理解が深まれば深まるほどバカげたものには騙されないはずだ」というあまりに単純だけれども多くの人が放棄している重要なことがここでは指摘されています。トンチンカンなモデルに誘惑されているのが自称保守のネトウヨです。

 

 

この自称保守たちが作り出す空気感を破壊していくには解決策は一つだと私は考えています。

このバカさ加減に気づいた人が無視することなく逐一指摘していくことです。

まず”空気”から脱却し、通常性的規範から脱し、「自由」になること。この結論は、誰が「思わず笑いだしそう」と、それしか方法はない。

そしてそれを行いうる前提は、一体全体、自分の精神を拘束しているものが何なのか、それを徹底的に探求することであり、すべてはここに始まる。

『空気の研究』山本七平(1983)文集文庫 P169

ご都合的に色々収集しているためたえまざる検証にさらされることを彼らは恐れています。

彼らのよく述べる「反日」や「左翼」などのキラーワードは逃げるためのキラーワードなのです。

 

私も自分のことはバカだと思っていますが、ネトウヨのバカさ加減は目に余ります。

このままでは社会が壊れます。

 

お読みいただきましてありがとうございました。

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