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生産性はどうすれば上がるのか?〜考えるべき項目について〜

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「生産性を上げなければならない」

 

今、個人も企業も行政も「生産性」という言葉に取り憑かれています。

これを上げることが日本という国を救うのはもちろん一人一人の個人をも救いうるのだと考えているからなのでしょう。

 

私自身も「生産性」を上げることの重要性は非常に強く認識しています。

 

しかし、多くの人がその重要性を認識していると言いつつも「生産性」に関する議論はいつもと言っていいほど発散して終わります。

 

 

例えば「それは個人にとってはいいかもしれないが、企業にとっては良くないかもしれない」「大企業にとってはいいかもしれないが、中小企業にとっては良くないかもしれない」といったのが典型的な例でしょう。

 

本日は森川正之氏の『生産性 誤解と真実』という著書の中から「生産性」を上げる上でどうすべきかを考えるために重要なエッセンスをご紹介できればと思います。

 

生産性という言葉に対する誤解

まず、「生産性を上げるには」という話の前に生産性に対する誤解をとかなければならないと森川氏は指摘します。

ここでは、一般的に誤解されている典型的なものを二つの角度からご紹介します。

 

企業の収益性と生産性を同一視

まず一つ目は「企業の収益性」と「生産性」を混同するというものです。

しかし、生産性についての誤解に基づく主張や、データの裏付けを欠いた通念に接することも少なくない。「企業の稼ぐ力を高めることが生産性向上である」、「激しい競争の下で高い価格設定ができないので日本の生産性は低い」・・・といった議論はその例である。

『生産性 誤解と真実』森川将之(2018)日本経済新聞社 p8

 

この混同を典型的に行っているとされるのが大前研一氏でしょう。

今、日本企業の「稼ぐ力」が大幅に低下しています。長時間労働の常態化により生産性が低く、独自の施策によって効率化を進めることが重要課題となっています。経営トップは常にアンテナを高くして、自社や業界がどれだけの危機にさらされているのかを正確に知覚し、正しい経営判断につなげていく必要があります。本連載では、企業の「稼ぐ力」を高めるための8つのヒントをお伝えします。

『【大前研一「企業の稼ぐ力を高める論点」】霜降り肉状態の間接業務。生産性を高める「業務の仕分け」』

https://biblion.jp/articles/iyq1r

大前氏の論は日頃からも私もよく目にしていますが、一応「日本は生産性が低い」というところから始まるもののいつの間にか「大企業サラリーマンは云々」であったり、「日本企業は稼ぐ力がない」であったりといった方向にそれていきます。

 

彼の中ではどこかしら企業の収益性と生産性がイコールになっている部分があるのだと思われます。

 

 

ただ、森川氏はこれは「生産性」の議論においてミスリードだと指摘します。

何故ならば、『収益性を高めることイコール生産性向上』にはならないからです。

このことは氏のあげる『例えば賃金を抑制して利益率を高めても生産性が高くなるわけではない』という例示がわかりやすいでしょう。

 

個人の業務効率向上と生産性の混同

続いての生産性についての誤解は個人の業務効率向上と生産性の混同だと森川氏は指摘します。

これは昨今バズワードでもある「働き方改革」の議論でもしばしば見られます。

労働時間の削減など働き方改革、企業統治ルールの改正、地方創生のための諸施策、中小企業の底上げ支援などの政策についても、根拠の曖昧な政策論議が少なくない。例えば、ワークライフバランスの改善が、労働者の構成を高めることは間違いないが、それらが生産性を高める効果を持つという実証的な根拠は弱い。

『生産性 誤解と真実』森川将之(2018)日本経済新聞社 p9

 

業務効率を個人があげることで労働時間を減らすことは個人の人生を豊かにする可能性は高いがそれが「生産性を上げる」という議論に寄与するかは怪しいということがここでは指摘されています。

 

これは多くのビジネス書で見られる議論で個人の業務効率と生産性がごちゃ混ぜになっていることが少なくありません。

 

 

 

生産性とは何か

この大きく分けて2つの「生産性」に関する誤解をといた上でようやく生産性を上げるにはどうするべきかという議論が可能になります。

ただ、ここで生産性関するそもそも論にたどり着くことになります。

 

それは「生産性とはそもそも何か」という疑問です。

森川氏のこれに対する議論が非常にバランスのとれたいいものだと私は考えています。

「生産性=労働生産性」か?

先ほどの通説レベルを乗り越えた上で議論は進むわけですが、統計や学術の領域において「生産性」と語られるときに最も使われる概念として森川氏は「労働生産性」を上げています。

最初に生産性の定義を簡単に確認しておきたい。生産性の中にも様々な」外縁があるが、実務者の間で最も広く使われているのが労働生産性である。これは、一定の期間(例えば1年間)に、労働者1人1時間当たりどれだけの付加価値が生み出されたかという数字である。

『生産性 誤解と真実』森川将之(2018)日本経済新聞社 p17

その上で、生産性を上げるには『労働投入量を節約する』か、『付加価値を増やすか』の2つがあるというわけです。

 

 

非常に当たり前のように感じるかもしれませんが、日本の場合生産性を上げるための議論では前者に議論がよりがちなとところがあります。

 

そう言える理由として、非正規雇用の増大に向けた派遣労働者の拡張、外国人労働者を大量に受け入れ、長時間労働の是正といった政策に見られれます。

 

 

もちろんこれら全てが悪いというわけではないのですが、一方でこれをすることで付加価値を減らすという可能性の検討が頻繁に置き去りにされているのです。

 

ということは「生産性」の議論においては労働生産性だけを見ているのは不十分であるという結論に至るわけです。

 

生産性を理解する上でもう一つおさえたい概念

生産性の正体を捉える上で労働生産性と並べおさえるべきものそれは「資本生産性」だと森川氏は言います。

これはどういうものかについて氏は次のように述べます。

資本生産性という言葉は聞き慣れないかも知れないが、機械設備、店舗など資本ストック一単位当たりの付加価値額である。とちも資本の一つだから、農業でよく使われる「単収」ー農地1ヘクタール当たりの収穫量ーという指標は、一種の資本生産性である。

『生産性 誤解と真実』森川将之(2018)日本経済新聞社 p19

 

これは土地や機械などの資源から生み出される富のことを議論しているもので、そこからどのくらいの富が得られるかということを「資本生産性」という概念で表現しているのです。

 

 

 

森川氏は労働生産性と資本生産性の両方に着目することが生産性を上げるという議論をするために重要だと述べたのです。

 

生産性の本質に迫る方法

この理解を深めるために例を挙げたいと思います。

 

著書の中では「日本の農業」が挙げられています。

 

 

一般的に日本の農業の生産性が高いか低いかと聞かれたときにどう答えるでしょうか。

 

 

 

おそらく多くの人が「低い」と答えるでしょう。

 

 

しかし、ここまでの議論を踏まえると一概に低いとは言えないのです。

 

 

 

 

確かにの本の農業の「労働生産性」は低いのですが、土地面積当たりの収穫量は多い傾向にあるため、『土地生産性(=資本生産性)は高い』という見解を出すことができるのです。

 

逆にアメリカやオーストラリアのような農業大国の場合で言えば、「労働生産性」は高い一方で、資本生産性は低いのです。

 

生産性を上げるために必要なこと

ここまでで述べたかったことをまとめますと、労働生産性と資本生産性の二軸を念頭に考えていくことが真に生産性を上げるにはどうするべきかという議論の土台に立つことができるということでした。

 

この二軸を押さえた指標が「全要素生産性(TFP)」と呼ばれるものです。

 

 

 

最近は少しはやり始めているようですが、私もこの本を読むまでは存じ上げない概念でした。

 

野村証券のサイトがこれについてわかりやすく説明してくれています。

全要素生産性(Total Factor Productivity、TFP)の略称。経済成長(GDP成長)を生み出す要因のひとつで、資本や労働といった量的な生産要素の増加以外の質的な成長要因のこと。技術進歩や生産の効率化などがTFPに該当する。TFPは直接計測することができないため、全体の変化率からTFP以外の要因を控除した残差として推計される。

証券用語集 野村証券サイトより

https://www.nomura.co.jp/terms/english/other/A02825.html

GDPなどの「量」に着目するだけの従来の指標とは異なり質的なものも加味すると記載があります。

 

 

「量」だけに着目すると資本家労働の一面的な増加に目を奪われてしまい対象自体の「生産性」の核心部分に迫れないということが念頭にあって生まれた指標なのです。

 

 

 

実は、この「全要素生産性」は国のあらゆる試算、そしてその試算からくる各種手当や補助金の支給にも使われているようです。

 

(辻元清美議員が触れていますので、内容は本題と関係ないですが、興味があれば読んでみてくださいhttps://blogos.com/article/386118/

 

 

 

ところで、この全要素生産性とはなんなんだいという話になるかもしれません。

 

 

これが少々ややこしいので私なりにざっくりと述べます。

 

公式にすると実質GDPの成長率から「労働投入時間の増加率*労働の寄与度」と資本ストックの増加率*資本の寄与度を差し引いた数字になります。よくわからないと思うので詳細に興味ある方は著書やネットをググっていただければと思います。

(なぜわからないかというと多分質を量に無理やり直すからです。)

 

 

ただし、概念理解として重要なことを2点だけお伝えします。

 

まず一つ目は上の公式にある「労働の寄与度」と「資本の寄与度」という係数のようなものが重要です。

この全要素生産性では労働の寄与度を3分の2、資本の寄与度を3分の1とするようでこれを係数として計算するときは使用しており、フィフティーフィフティーにみないことで「質」に迫れるということです。

この算出根拠はもちろん議論があるでしょうけども、現段階のアカデミックな議論においてはこのラインが妥当とされているようです。

 

 

そして、もう一つは「物価」を加味した潜在的な(実質的な)国家の成長率に近づけるということです。

というのも最近は「リフレ派」という立場の人が大手を振るようになってきた関係でGDPなどの各種指標が名目値で議論されたりとりあえずお金を刷れば国が良くなるといった議論が流行してしまっている現状があります。

「実質」は意味がないと述べるリフレ派の重鎮もいるくらいで、恐ろしい限りです。

 

 

しかしながら、冷静に考えれば中長期での国力とも言えるのは潜在的な成長率であり、名目値ではありません。

それゆえに、それを測るのに必要なのは物価を加味した全要素生産性なのです。

 

 

アベノミクスは就業者数などを増やしたりしたことから名目値でいくつか指標があるものの森川氏の指摘では潜在的な成長率ではむしろ低下しているという指摘をしています。

 

 

ということは、実質値から評価すれば日本という国がむしろまずい状況に追い込まれている可能性が高いことを物語っています。

 

経済政策の評価や政治家に対する評価は慎重であるべきですが、実質値というものが記す「悲惨」ではあっても事実に向き合うべき時が来ているのではないでしょうか。

 

 

 

 

 

 

 

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