21世紀に入っていわゆる日本のビジネスエリートと呼ばれる人が連呼する言葉があります。
それは「イノベーション」という言葉です。
- 日本企業にはイノベーションが足りない。
- イノベーションを起こすために雇用規制を緩和しないといけない。
- 日本の家電産業はイノベーションのジレンマにより衰退を余儀なくされた。
そしてそれに感化され「イノベーションが必要だ」と叫ぶ上司が現れ、それに迷惑をする部下が現れる、、、、なんてことはあなたの会社でも起きているかもしれません。
ただ、そろそろこういうイノベーションが何かをよくよく検討することなく騒ぐことは止めるべきです。
なぜなら、一般的にイノベーションという言葉から多くの人が想起するものと実際のイノベーションには随分と乖離があるからです。
今日は僭越ながら今流行りの「イノベーション」についてそれが何かをわかりやすく理解できるようまとめてみました。
「イノベーション」という言葉への誤解
あなたは20世紀の「イノベーション」と聞いて何をあげますか?
自動車?パソコン?
では、21世紀の「イノベーション」と聞いて何をあげますか?
iPhone?自動運転車?
色々浮かぶかと思います。
しかしながら、この時多くの人が「イノベーション」というものを誤解しています。
何を誤解しているかというとイノベーションの定義を「何か革新的な物を生み出すこと」と置く点です。
それはわかりやすいものではありますが、イノベーションの一部でしかありません。
もし「革新的な物を生み出したこと」自体が評価されるとするとなぜ自動車を最初に特許申請したダイムラーよりもフォードの方が自動車の生みの親であるかのごとく言われるのか?
もし「革新的な物を生み出したこと」自体が評価されるとするとなぜスマホを最初に生み出したと言われるリサーチ・イン・モーション社の「Black berry」よりもiPhoneがスマホの生みの親であるかのごとく言われるのか?(*ノキアがはじめという説もある。)
もし「革新的な物を生み出したこと」自体が評価されるとするとなぜOSを最初に生み出したとされるAT&TのUnixよりもマイクロソフトのWindowsがOSの生みの親であるかのごとく言われるのか?
もちろんソニーのウォークマンなどのような最初に革新的な物を生み出した事に該当するものもあります。
しかしながら、上に挙げたように現実の「イノベーション」と称されるものとイノベーションという言葉から一般的にイメージされるものには乖離があるのです。
さて、それではイノベーションとはどういうことを意味するのかについて次の章でわかりやすくご紹介いたします。
「イノベーション」についてなるべくわかりやすく言うと
偉そうにここまでつらつらと書いていますが、私の知能はたかが知れていますので、頭のいい人の文献を参照したいと思います。
小池和男という法政大学名誉教授の著書に『日本企業はなぜ強みを捨てるのか』という著書があります。
こちらは、ここまで書いてきたような意味での「イノベーション」というイメージを抱き自らの強みをなぜか捨てようとする日本全体を批判的に書いている本で、非常にイノベーションの本質についてわかりやすくまとめています。
非常に面白いのが小池氏がイノベーションを起こした日本企業の代表にセブンイレブンを挙げているところです。
ソニーでもシャープでも任天堂でもありません。製造業ではなく流通業のセブンイレブンをイノベーションの好例として挙げているのです。
えっ?何かセブンイレブンって物作ってたっけ?
と思いたくなる人に釘を刺すかのように下記のように彼は述べます。
長期の企業活動を強調するときに、日本では普通製造業を取り上げる。そして製造業では長期が有効でも非製造業では話が別だ、という展開になりやすい
『なぜ日本企業は強みを捨てるのか』小池和男(2015)日本経済新聞出版社 kindle609
企業というものを語るときについつい製造業ばかりを語ってしまうということを彼は諌めているのです。
そうすることはイノベーションの本質を見失っていると。
では彼はイノベーションの本質を何においているか?
それはプロセス開発です。
つまり、より早く、より安く、よりたくさんのものを消費者に提供するために最終消費者までの工程改良に力を入れるというところにイノベーションの本質を見出しています。
著書では「生産性の向上」と小池氏は述べています。
それに突破型といえども、破天荒な試みは多くはまずアイデアが提出され、それが実際に製品となるのははるか後代、というのがむしろ大多数ではないだろうか。総じて競争を左右するのは生産性の向上であり、したがってそれを大きく高める改良型技術革新に注目せざるを得ない。それならば長期の視野の重要性は覆るまい。
『なぜ日本企業は強みを捨てるのか』小池和男(2015)日本経済新聞出版社 kindle171
ここにある「突破型」というのはそれこそWindowsやiPhoneのような物を指すわけですが、そういったイノベーションの典型とされるものでさえ絶え間ざる生産性の向上を行い、より早くより安く消費者に届けられるようになったからこそ歴史に名を刻んでいると氏は指摘します。
さて、セブンイレブンの話に戻しますと、セブンイレブンは今や生活にはなくてはならないものと言われるほど多くの人が利用しています。
そういう意味で、コンビニはイノベーションなのです。
しかし、今20代以上の方々だと思い出せるかと思いますが、コンビニというのは一昔前までは高いしろくな商品をおいていないが24時間空いていることだけが取り柄くらいのものだったのではないでしょうか?
そういった状況にセブンイレブンはイノベーションを起こし今日のような誰もが利用する企業へと変わったのです。
何をやったかというと、一言で言えば、より安くより早くより良い製品をあの限られたスペースにおききるための流通方式を構築したのです。
これは共同配送方式と言われているのですが、具体的には一台のトラックにいろんなメーカーや問屋の商品を入れて高頻度で配送することで極限までコストを落としながら消費者が求める製品を少ないスペースでなるべくたくさん配送できるようにしたものです。
一見単純なもののように見えますが、各メーカーや問屋との取引先をもち、それらと密な関係性を作ることはもちろんドミナント方式という形でセブンイレブンが大量の出店をある地域に行うことが求められます。(例えば東京都では江東区にセブンイレブンは初期の頃出店を多数行なった)
これには相当な時間と相当な関係者の協力が合わさる必要があります。
他にもセブンイレブンが作り出した今日の流通網の原動力はたくさんあります。
本当はもう少し書きたいところですが、詳細はぜひ小池氏の本をご覧ください。
「イノベーション」へ本当に必要なもの
なお小池氏はセブンイレブンに加えてトヨタ自動車もイノベーション企業としてあげています。
ここで興味深いのは同氏はトヨタのイノベーションも特定車種自体にあったとは述べていません。
有名な「トヨタ生産方式」というものを生み出し、より早く、より手頃に高品質な自動車を提供するプロセスを開発したところにイノベーションの本質があると述べています。
iPhoneもそれ自体がイノベーションというよりもホンハイやシャープなどと密に連携しなるべく製造コストを落としながら高品質なスマートフォーンを送り出せたことがイノベーションなのです。
あれが、仮に便利でいい電話だとしても百万円したらイノベーションではなくなります。
何と無くイノベーションの本来の姿が見えてきたでしょうか?
こういう風に捉えるとイノベーションを生む要因とは何かが言えてくると思います。
それは、イノベーションが誕生するまで献身的に働いてくれる人材の確保です。
この献身性は何によって起きるかというと長期就労を前提とした労使関係です。
小池氏は昨今の雇用流動性を高めろと叫ぶものとは真反対の結論を出しているといっていいでしょう。
彼は短期間でコロコロ人が入れ替わったり取引先が変わったりするような中ではイノベーションなど起きないと述べています。
日本企業の強みはこの長期雇用を前提とした労使関係なのですが、今それを自ら捨てようとしているところを小池氏は批判しているのです。
イノベーションとはより多くの人のライフスタイルを変革するものだというコンセンサスはかなりあるかと思いますが、それには長い間の積み上げが欠かせないのです。
それを忘れたイノベーション論など論ずるに値しないと私は思います。
以上、イノベーションについてなるべくわかりやすく書いてきました。(つもりです。)
まあいつもブログで書いていることなのですが、「構造改革」とかその手の薄っぺらい改革論に耳を貸せば貸すほどろくなことがないということですね。