経済

日本経済は良いのか悪いのか。

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「日本経済は着実に良くなっている。各種データが示す通りだ。」

「日本経済は全く改善していない。各種データが示す通りだ。」

 

経済が良いか悪いかというのは多くの人々にとって死活問題です。

 

経済が良ければ、給与がアップして買いたいものがたくさん買えるようになる可能性が高まります。

 

一方で、経済が悪くなればリストラされて路頭に迷う可能性が出てきます。

 

しかしながら、今日において経済を見るにあたって「経済は良くなっている」という人と「経済が悪くなっている」という人が同居している事態が発生しているのです。

 

 

しかもそれぞれが各種データを引用しつつ自らの見解が正しいことを示そうとするため、学のない我々としては結局どちらが正しいのか一向にわかりません。

結局日本はどうなるのか?と思っている人は少なくないでしょう。

 

そんな中、我々のような一般人であっても経済を紐解くにあたって大切な心構えを教えてくれる一冊があります。

 

 

その一冊は、アルフレッド・マーシャルの『経済学の現状』という作品になります。

 

この作品はマーシャルが100年以上前に経済学の現状について様々なことを書いたものなのですが、今日においても当てはまることが多々ある極めて示唆的な一冊です。本章ではその一端をご紹介いたします。

 

経済理解において必要な心構えー頭は冷静に、心は温かくー

 マーシャルは社会問題および経済分析において学者であれ我々一般人であれ二つのものが必要だと述べました。

 

それは、有名な”cool head and warm heart”という言葉で表現されたものです。

 

つまり、「頭は冷静に、心は温かく」して社会をみよと言ったのです。ともすればどちらかに偏りがちなので、双方を整えることが重要だと述べたわけです。

 

 こうすることでより良い判断ができるようになると彼は考えました。

 

マーシャルは経済分析の良し悪しを判断するのは最終的には常識だと述べたのですが、これを正常に働かすことができるのが、「頭は冷静に、心は温かく」した状態なのです。

我々が社会問題を全体として取り扱うために持っている唯一の手段は、常識による判断である。現在のところ、また、この先長い将来にわたって、常識は最後の裁定者でなければならない。

『経済学の現状』アルフレッド・マーシャル(1885)ミネルヴァ書房『マーシャル クールヘッド&ウォームハート』p20より

「理論」や「原則」を盲信するな

 さて、その適切な判断に必要な「常識」とは如何なるものかをここからは見ていきます。

 

その一つ目は理論や原則を盲信するなというものです。マーシャルは、人間を人間として扱おうとする経済分析こそ価値があると考えました。

 

彼は一例として一部の経済学者が、人間を一定不変の存在という前提のもと経済分析していたことをあげます。

今世紀初頭にイギリスの経済学者が犯した過ちは、・・・・大きな一群の事実を無視し、我々が今では最重要であると考えている事実を研究する方法を無視したことにある。彼らは人間をいわば一定不変の存在とみなし、その変化を研究する労をほとんど取らなかった。

『経済学の現状』アルフレッド・マーシャル(1885)ミネルヴァ書房『マーシャル クールヘッド&ウォームハート』p6より

 人間が変化する生き物であるという最重要部分を欠落させて分析を始めるから我々にとって適切な判断をもたらすには至らないと彼は言っているわけです。

 

逆に、マーシャルは人間を多方面から影響を受ける変化する存在と見做した上で経済分析をすることが最重要だと考えています。

この人間観を持たないで行われる経済分析はある問題を引き起こすと言います。

彼らが築き上げたものは、普遍的真理などではなく、ある種の真理を発見する上で普遍的に適用できる機構であったが、彼らはそのことを他の人々に明らかにしなかったし、彼ら自身がそのことをはっきりとは認識していなかった。

『経済学の現状』アルフレッド・マーシャル(1885)ミネルヴァ書房『マーシャル クールヘッド&ウォームハート』p9より

 ここで書かれているのは、一部の経済学者が「現実がどうなのか」ではなく、「真理を打ち出すこと」に夢中になりがちだということです。

 

その結果として、その「真理」が成り立つ条件があまりに非現実的なもので塗り固められ、結局のところ現実において役に立たない状況に終わるということですね。

 

どちらかというとこちらは経済エコノミストや経済学者など理論を学んだ人が陥りがちなケースかもしれません。

 

「理論」や「原則」を全て否定するな 

 一方で、彼は経済学に対する反対論も批判的に見ます。

 

代表的なものに二つあるようです。

・・・それに対して、密接に関連した二つの反対論が提起されてきた。その第一は、経済現象の研究を他の社会現象の研究から切り離そうとするいかなる試みをも非難するものである。その第二は、いかなる形式的理論の介入もなしに、事実から事実を直接推論すべきであるという主張であり、これは、現代の経済問題の解決には歴史の教えに直接学ぶべきであるという立場である。

『経済学の現状』アルフレッド・マーシャル(1885)ミネルヴァ書房『マーシャル クールヘッド&ウォームハート』p18より

 一つが、経済を分析するにあたり社会現象から切り離す営み自体を批判するもの。もう一つが、如何なる理論にも縛られず、ただ事実と事実の結びつきから推論すべきだというものです。 

 

 マーシャルはこの二つのいずれのパターンも批判的に捉えます。

 

 

 まず一つ目の、経済現象の研究を社会現象の研究から切り離すなどあり得ないという批判の方から見ていきましょう。

 

この理論に立つ人はどう考えているかと言いますと、世の中は極めて複雑で、多くのものが絡み合っており、それを切り出して経済を語ろうなど言語道断だというわけです。

第一の反対は、主としてコントとその信望者によって主張された。我々がコントの天才に負っている主な恩恵の一つは、社会現象がいかに複雑で、いかに相互に錯綜しており、いかに変化しやすいものであるかを、明確かつ力強く示してくれた点にある。それゆえコントは社会現象の一部を別個に研究することには反対し、とりわけ、同時代のイギリスの経済学者を激しく非難した。

『経済学の現状』アルフレッド・マーシャル(1885)ミネルヴァ書房『マーシャル クールヘッド&ウォームハート』p19より

 

 これは確かに一見理にかなっています。

 

しかし、「体系」には我々が全てを理解するという結果はもたらさないものの、理解を進める上では欠かすことができない重要なものだとマーシャルは言います。

 

それは先人たちの努力の結晶であり、それを利用しない手はないということです。

 

経済学の原則は、何世代にもわたる人間の最高の天才の多くが蓄積された力を結集したものである。それは作用する動機を分析し、分類し、その相互関係を解明する方法を示してくれる。また、そのようにして体系的・組織的な推論方法を導入することによって、問題のこの側面を、他のほとんどいかなる側面よりも、力強く確実に取り扱うことができるようになる。

『経済学の現状』アルフレッド・マーシャル(1885)ミネルヴァ書房『マーシャル クールヘッド&ウォームハート』p21より

 

 続いて、二つ目の、ただ事実と事実を結び推論せよというものです。これも一見すれば現実主義者として素晴らしい態度のように見えます。しかし、マーシャルはこちらの立場も批判的に捉えます。

しかしそれらは我々の時代の個々の経済問題に直接光を投げかけるものではない。それらは経済学の原則を使用せずに我々を助けてくれるものではない。むしろあらゆる段階で経済そな買うの原則の助けを利用するものである。その偉大な業績によって歴史学派を著名にした人々は、経済理論の助けをなしで済まそうと試みたことはなかった。もっとも、彼らの中のある者の著作においては非論理的な推論の断片がところどころに見られ、彼らの経済理論研究はかなり不注意であることを露呈しているが。

『経済学の現状』アルフレッド・マーシャル(1885)ミネルヴァ書房『マーシャル クールヘッド&ウォームハート』p23より

 推論をする過程で過去の経済理論の助けを借りざるを得ないとマーシャルは述べています。

 

確かにあらゆるインプットもなく推論をすることは不可能です。原理原則というものは盲信すべきではないが、やはりそれらには特筆すべき価値があるということです。

 

こちらについては、どちらかというと経済学を専攻しない知識人や我々のようなアマチュアから飛び出す批判としてよく見受けられるものです。

 

 マーシャルの語る「常識」

 

 こうしてみると、マーシャルは突飛な考えではなく極めて穏便な見解を出していたということがわかります。ただ、このような普通とも言える態度が経済をみる人の多くから失われつつあることを彼は指摘したかったのでしょう。

 

理論自体を振りかざし、相手を論破しにかかるのもおかしい一方で、理論が常に成り立たないからといって理論を学ばなくていいことにはならないのです。

 なお、これに加えて彼が経済を分析するにあたって全員が共通して持つべき価値観をあげています。それは、「多くの人が貧困に喘ぐような社会にならないためにはどうすればいいか」というものです。

物質手段の欠乏によって、人間らしい生活を送る機会から誰ひとりしめだされるべきではない、と声高に叫ぶことを、熱烈な社会主義者や無知な雄弁家に委ねておかなければならない必要がどこにあろうか。

『経済学の現状』アルフレッド・マーシャル(1885)ミネルヴァ書房『マーシャル クールヘッド&ウォームハート』p34より

 昨今格差問題などを批判すると、ここにもあるように「左翼」「共産主義者」「社会主義者」などというレッテルが貼られる時代です。

 

しかし、誰一人として人間らしい生活を送る機会から阻害してはいけないという考えは誰もが持つべきでしょう。そのために知恵を働かせる、これこそが”cool head and warm heart”でに違いありません。

 

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