加計学園にまつわるネタがまた最近盛り上がりを見せています。
柳瀬首相元秘書官の面会記録及びメールが愛媛県から見つかったということが大きく朝日新聞や毎日新聞によって報じられました。
『加計問題 内閣府の文科省伝達メールに「柳瀬氏とも面会」』 毎日新聞 2018年4月20日 11時37分付
https://mainichi.jp/articles/20180420/k00/00e/010/236000c
『「首相案件」の加計文書、内閣官房でも調査 菅官房長官』 朝日新聞 2018年4月18日13時34分
https://www.asahi.com/articles/ASL4L3HS6L4LULFA009.html
私も以前からこの加計問題には注目してきただけにようやく煙に火がつき始めたかという感想を持っている次第です。
しかしながら、私のように政治が好きな人でなければこの柳瀬秘書官の報道に関して何が問題なのかがいまいちわからないという方も多いのではないでしょうか。無理もありません。
理由はいろいろとあるのですが、その大きな一つに安倍政権を擁護する勢力が論点をいろんな方向にブラしているということが挙げられます。
その例として下記のようなものが非常に多くなっています。
- 「国家戦略特区」という制度は首相が議長なのだから「首相案件」というのは当たり前
- 獣医師不足なのだから加計学園を作ることは何ら問題がない。
- 野党はパフォーマンスばかりで証拠を出さない。
- 他に議論をすることが山ほどあるのだから数十億に対して高い人件費をかけるな。
論点があっちに来たりこっちに来たりしているような気がする。。。。
だから何が問題なのかわからないと感じたりどうでもいい問題だと感じているのです。
さて、本日4月20日時点ではやや状況が変わってきています。かなり問題は簡単なものになってきています。
今日は、加計問題の何が問題かを猿でもわかるように簡単に書く努力をしてみました。
■【簡単に解説】加計問題は何が問題なのか
さて、ここにきて加計問題は大きく進展があったわけですが、あまり普段政治を見ていない人向けに何が問題なのかをなるべく簡単に書こうと思います。
すでに述べましたがこの問題はいろんな方向から論点が放り込まれ何が何やらわからなくなってきています。
ですので、「現時点」での尤も意識すべき論点に話を絞っていきます。
(もちろんもっと知りたい人は他の角度からも追求の余地があるトピックです。)
まずどこが問題なのかについてあらかじめ結論から申し上げます。
それは、安倍総理が虚偽答弁を国会で行い、国会軽視をした可能性が極めて濃厚であるところです。
さて安倍総理は加計問題において何の嘘をついたと考えられるのでしょうか。
ここから見ていきましょう。
これを明らかにする上で大事なのが最近話題になっているニュースです。
柳瀬元総理秘書官と加計学園関係者及び愛媛県職員の面会記録やそれに関わるメールの「年月日」です。
内容は今時点ではそれほど気にする必要はありません。
文科省の調査で見つかったメールによりますと、2015年4月2日に加計学園の関係者や愛媛県の職員らが午前中に内閣府を訪問した後、午後3時に官邸を訪れ、柳瀬総理秘書官に面会する予定だと記載されています。
『加計問題で新たなメール 文科省に官邸訪問事前連絡』 テレ朝news 2018年4月20日 10時31分
上にある通り、加計学園の関係者及び愛媛県の職員らが2015年4月2日に内閣府及び官邸を訪問したとあります。
そして、その際、柳瀬総理秘書官にあったということが明らかになっています。
なぜこの単なる面会記録の日付が大問題なのかわかりますでしょうか。
それは、結論で述べました通り2015年4月2日に加計学園関係者と総理秘書官が会ったということが首相の過去のある国会答弁と大いに矛盾している可能性があるからです。
その国会答弁とは首相が「加計学園が国家戦略特区による学校開設申請を知ったのは2017年1月20日である」という趣旨のものです。
下記サイトに動画があるのですが、いろいろ回りくどく安倍総理は話していますが、2分40秒あたりから3分あたりで上記の趣旨の発言をしています。
https://mainichi.jp/articles/20170726/k00/00m/040/142000c
さてなんとなく現在加計問題における何が問題かは見えてきたでしょうか。
それは、仮に2015年4月2日の段階で首相秘書官に加計学園関係者が会っていたことの事実が固まれば、首相の「加計学園の認可申請を知ったのは2017年1月20日」という繰り返しなされた国会答弁を信じるのは無理な話になり、総理大臣は単なる嘘つきだということになるのです。
■【簡単に解説】安倍総理は辞職すべき理由
これをもって私は安倍首相が総理及び議員辞職まですべきであると考えています。
さてその理由について話していく前にまた論点がぶれないように問題点を固めたいと思います。
繰り返しになりますが、加計問題は「国家戦略特区が首相のえこひいき制度であるかどうか」や「獣医師不足の中で獣医師養成が可能な大学が必要であるかどうか」「加計問題に違法行為はあったかどうか」は今は論点として後回しで構いません。
(なんでこんなにくどいかというと論点がいつも安倍政権親衛隊によりブラされ結局何が問題なのかわからない流れを作られるからです。)
一言で問題を言えば、先に確認をしたように安倍首相の国会答弁が仮に虚偽答弁であったとすれば国会議員の資格がないというだけの話です。
そして、おまけと言ってはなんですが、国会軽視による信用失墜行為であるだけでなく「大臣規範」に抵触する可能性も高まるのです。
この件については2017年7月31日付けの東京新聞において指摘されているので下記を読んでみましょう。
安倍晋三首相が衆参の予算委員会での閉会中審査で、学校法人「加計(かけ)学園」の獣医学部新設計画を知ったのは学園が事業者に決まった今年1月20日と説明し、波紋を広げている。首相は学園の加計孝太郎理事長を「腹心の友」と認める仲のため、業者による供応などを禁じた「大臣規範」への抵触を恐れたのではないかとの指摘が出ている。学部新設を申請した自治体にも疑問を示す声がある。 (清水俊介、安藤美由紀)
『「加計知ったのは1月20日」 首相「大臣規範」意識か 関係者の供応禁止』東京新聞 2017年7月31日 朝刊
http://www.tokyo-np.co.jp/article/politics/list/201707/CK2017073102000117.html
東京新聞が指摘しているのは、今すでに私が書きました通り、仮に2017年1月20日に首相が加計学園の認可申請を知ったという国会答弁が嘘であるとすると単なる虚偽答弁であるだけでなく、「大臣規範」というものに触れるのではないかということです。
この「大臣規範」というものがどういうものかについては下記をご覧ください。
大臣規範は〈国務大臣等は、国民全体の奉仕者として公共の利益のためにその職務を行い、(中略)廉潔性を保持することとする〉と規定。関係業者から供応接待を受けることを禁じている。09年に平田耕一財務副大臣(当時)が、規範抵触で辞任している。
『加計氏から供応 安倍首相に“大臣規範抵触”ゴマカシ疑惑』 日刊ゲンダイ 2017年7月25日
要するに、関係業社から接待を受けるのは公共性を鑑みると不適切だということです。
仮に違法でなかろうと閣僚クラスには高いモラリティが必要でその程度も守れないならやめるべきだという簡単な話です。
「加計問題は違法行為はない」という突破口を作ろうとする親衛隊がいるのでここも押さえることが極めて重要です。
日刊ゲンダイが上記記事で指摘する通り、加計幸太郎さんと少なくとも14回何らかの形であっており(ゴルフなど)、なおかつ首相も認める通り時に奢られることがあったようです。
そんなにあってて獣医学部の話をしてなくて2017年1月20日に初めて知りましたって誰が信じるんだという話で、仮にそれが法的に逃れられたとしても大臣規範的にアウトという話なのです。(これに該当して過去にやめた大臣同様やめろという話です。)
このとってつけたような答弁が余計に怪しいんですね。
本人の意思に限らず、仮に獣医学部の申請の話を当時から知っていて奢られていたのなら明らかに接待行為です。
■終わりに
本文において何度か述べましたが、加計問題に関しては安倍政権の親衛隊があの手この手を使って論点をブラしてきます。
それゆえに我々はつい「結局何が問題なの」となってしまい「ドウデモイイ問題」「司法に任せればいい問題」などと考えがちです。
ただ、この加計問題を簡単に理解できるフェーズに入ってきました。
その他もろもろ検証事項はあるにせよとりあえず今は「首相の虚偽答弁」の如何に着目すれば良いでしょう。
大事なので100回くらいいうつもりで書きますが、「獣医学部が必要かどうか」「国家戦略特区という制度に問題があるかどうか」「総理のご意向があったかどうか」は今は脇に置きましょう。あいつらは何が何でも論点をずらしてきます。
まずは我が国のトップが平気で白昼堂々と嘘をつく人間である可能性があるというところの結末を追いかけましょう。
そして、嘘つきであることが明らかになった時には総理の資格なしと判断して問題ないのです。
基本的に安倍親衛隊と呼ばれる人はいろいろな形で加計問題は何も問題がない、それどころかいいものだとすら言おうとしてきます。
ただ、もし論戦がふっかけられたらここで書いた内容の説明を求めましょう。
納得のいく説明は今のところ出てこないことでしょう。
せいぜい「記憶にございません」に関連するものくらいではないでしょうか。
どれほど現実をないがしろにしようが、かれらにならそれを受け入れさせることができるのだ。かれらは自分たちがどれほどひどい理不尽なことを要求されているかを十分に理解せず、また、現実に何が起こっているかに気づくほど社会の出来事に強い関心を持ってもいないからだ。
理解力を欠いていることによって、彼らは、正気でいられる。
『1984』ジョージ・オーウェル (2009)ハヤカワepi文庫 p241