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今だからこそ知っておきたいモンテスキュー『法の精神』の思想について

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最近何回に分けて少し昔の本の思想を紹介しつつそれが極めて現代において示唆的であるということをご紹介させていただいております。

 

私学者ではありませんので、突っ込みどころ満載かと思いますが、自らがテクストから読み取ったことをお伝えして誰かの役に立てばなと勝手に思いながら書いています。

 

今日は、義務教育過程で名前が出てきて多くの人がご存知のモンテスキューの思想を取り扱います。

モンテスキューというとどういうことを思い浮かべるでしょうか。

『法の精神』を記して三権分立を記した人であるというイメージが主流的かもしれません。

 

その他著書のタイトルなどから「法律を守る重要性を説いた人」というイメージもあるかもしれません。

 

それは間違っているとは思いません。モンテスキューはそれらを否定しませんでした。

ただ、モンテスキューが最も大切にしていたことというのは別のところにあったのではないかというのが私の見解です。

それを知ることでモンテスキューに対するイメージが若干変わるかもしれません。

■モンテスキュー『法の精神』から見える彼の根本思想

冒頭にも述べましたが我々のモンテスキューに対するイメージは「権力の分立を説いた人」や「法律の遵守をすることを説いた人」だとなりがちです。

 

ただ、『法の精神』をよくよく読んでいくとそういった制度的なもの以前の話を重視していたのではないかと考えられます。

つまり、彼の『法の精神』から見える思想を要約するならば、法律や権力の分立も含めあらゆる規範が社会において成立するためのそもそもの土台こそが何よりも重要であると彼は伝えたかったのです。

 

ですので、モンテスキューの『法の精神』に関しては木を見て森を見ずに読んでいくとなにやら退屈な読み物になってしまうのですが、この視点で見た場合、彼の一貫した思想と彼が歴史的に「保守思想の大家」と言われる所以が見えてくるのです。

 

モンテスキュー自体が『法の精神』の序文で下記のように述べています。

・・・真理の多くは、それらを互いに結びつけている連鎖を理解したのちにのみ、それと感得されるであろう。細部について塾考すればするほど、原理の確かさが感じられるであろう。これら細部についても、私はその全てをあげたのではない。なぜならば、死ぬほど退屈な思いをさせずに誰が全てを語り得ようか。

『法の精神』シャルル・ド・モンテスキュー(2016)中公クラシックス p4

あらゆる社会のものはそれを結びつけている連鎖の観点から捉えるべきで、個別に法律だったり裁判制度だったりに着目するのは真理を見誤らせると彼は述べているんですね。

 

同時に、ここで既にモンテスキューが『法の精神』という著書のタイトルでつけている「法」という言葉の定義が我々の中で一般的となっている「実定法」とは少し違うということも見えてくるはずです。モンテスキューは上記の言葉の少し後で下記のように述べます。

個々の知的存在は、その作った法を持ちうるが、しかし、作らなかった法もまた持っている。・・・実定法の存在する以前に、正義の可能的な関係は存在した。実定法が命じまたは禁ずることの他には、正なることも不正なることもないというのは、円が描かれる前には、すべての半径はひとしくなかったというのに同じである。

『法の精神』シャルル・ド・モンテスキュー(2016)中公クラシックス p9

モンテスキューはこの言葉をあえて使ってないのだと思いますが、私があえて使いますと「常識」を大切にしなさいと彼は一貫して思想の中で伝えているのです。(ちなみにモンテスキューはこれを「自然法」と呼称しています。)

逆に言えば、明文化しないけど人々が当たり前に守っているものを守らなければ社会が危険な状況になりかねないと危惧しているのです。

 

この思想を極めて大切にしているのがイギリスという国です。

イギリスの国には憲法はありますが文字がありません。これは驚くべきことのように思われるでしょう。

ただ、これは「いちいち書かなくても我々の伝統の中で培ってきた常識を当たり前に守ればいいだけ」ということを意図して置かれています。そして、何から何まで事細かに書かなければいけない方が国として危険であるという考えも導かれます。

 

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■モンテスキューの思想から逆行する日本

モンテスキューの思想に基づけば今の日本というのはどうも逆行しているように見えます。

といいますのも国会に目を向ければ憲法改正にあたって文言をどうするかというテクニカルなものに終始しています。

 

それだけではありません。私が思いつくだけでも日本では今この「常識」をひっくり返すようなことが山のように平然と行われています。

  • 安保法制における現行憲法の枠内で運用されてきた「解釈」を180度ひっくり返す安全保障関連法案の提出
  • 特定の事業者に(パソナなど)便宜を図るのと引き換えに世界的に失敗している移民政策を実行
  • 「デフレ脱却」を掲げながらデフレ圧力を強化するTPPの強行採決
  • 右も左も分からない子供に特定の外国語を教え込む英語教育の推進

・・・・・

 

「創造的破壊」とか「痛みを伴う改革」とか「改革なくして成長なし」などという小綺麗な言葉で世論を誘導しながら我々の常識の基盤となるものを次々と破壊しているのです。(これは今の安倍政権に始まった話ではなく民主党やその前の自民党時代含めここ二十年くらいで一貫して続いています。)

 

 

しかも恐ろしいのがこういった秩序や常識の破壊を行う人が「保守」を標榜しており、逆にTPPや安保法案に反対する共産党が「左翼」と言われているのです。

 

国の基盤を破壊する人が「保守」と呼ばれる、モンテスキューの思想とは逆行する思想が蔓延しているのが我が国日本なのです。

それらは、政体の許容しうる自由の度合い、住民の宗教、その性向、富、数、交渉、風俗、習慣と見合うものでなければならない。最後に法律は、それらの相互間の関係を持つ。法律は、それら自体の起源、立法者の意図、それが制定された基礎となる事物の秩序と関係している。法は、まさにこれらすべての観点において考察されねばならない。

『法の精神』シャルル・ド・モンテスキュー(2016)中公クラシックス p16

私はモンテスキュー、モンテスキューと連呼していますが、何もモンテスキューだけがいっている話ではありません。

エドマンド・バークだって、アレクシ・ド・トックビルだってウォルター・バジョットだって誰でもいいのですが、「保守」と呼ばれる偉人の著書をひろいあげれば同じようなことを述べているんです。(別の角度からではありますが)

良い政府とは常に、「その時々の状況下において、文明的な秩序の維持に最も役立つもの」と規定し得る。かかる条件が満たされていれば、ゆりかごで産声をあげている段階でも、正当性は十分認められるべきだ。

だが、法的な根拠もなければ必然性もなく、権力を手にした者の都合だけで生まれた政府となると、容易に祝福することはできない。それは悪徳や陰謀を基盤とした代物であり、社会のまとまりを乱すか、下手をすれば完全に破壊してしまう。

『フランス革命の省察』エドマンド・バーク(2011)PHP研究所

 

モンテスキューの偉大さとは『法の精神』を通して今日の悲惨な状況を予言するようなことを述べたことですね。

まだ誰もそのようなことを考えていなかった時代に。そうならないように必死で常識的社会基盤を守り抜けと彼は生涯を通して述べ続けたのです。

 

私が述べたことは極めて部分的な内容となります。

ですので、ぜひ実際に手に取っていただき『法の精神』を読んでいただくことをお勧めします。

 

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■モンテスキューと合わせて読みたい本

今回モンテスキューの『法の精神』を紹介いたしましたが、それと合わせて読みたいおすすめの本をご紹介して終わりとします。

 

 

デービット・ヒューム『人生論』

デービットヒュームはモンテスキューと並んで古参のイギリス保守思想の重鎮です。

彼の思想なくして保守思想は生まれてこなかったとも言える本です。

ウォルター・バジョット『イギリス憲政論』

20世紀に書かれたもので比較的新しいものです。

イギリスがドイツなどの外国に比べて伝統に基づいた「運用」を重視した政治制度を各所に盛り込んでいるということが書かれているものですが、今の日本の政治家が目を閉じたくなるような本です。


 

 

エドマンド・バーク『フランス革命の省察』

過去を尊重するほどなぜか未来を予測できるということを教えてくれる一冊です。

フランス革命の盛り上がりの最中からその後数百年続く軍事独裁完成を予測した眉唾本です。

 

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