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保守について

【総決算】ネトウヨ最大の特徴について

更新日:

 

 ネトウヨという生き物をご存知でしょうか。

コトバンクでは以下のような定義があります。

インターネットの「ネット」と「右翼」を合わせた造語。2ちゃんねるなどの掲示板やブログなど、ネット上で、右翼的な言動を展開する人々のこと。「ネット右翼」とも呼ばれる。広辞苑による右翼とは、保守派、国粋主義、ファシズムといった立場をとる人、または団体を指すが、「ネトウヨ」は、これらの主義主張を唱える人だけに留まらず、自分自身の思想に反するネット上の意見に対し、攻撃的なコメントを展開する人々全般を含むことが多い。
例えば、特定の国や人種に対する差別的発言を繰り返したり、新聞社の社説や記事、テレビ局の放送内容に対する批判などを、過激に、または誹謗(ひぼう)中傷、侮蔑的表現として、掲示板やブログに投稿したりする人々が「ネトウヨ」と呼ばれる。しかし、「ネトウヨ」についての明確な定義はない。

https://kotobank.jp/word/%E3%83%8D%E3%83%88%E3%82%A6%E3%83%A8-189435

ネトウヨの特徴についてここでは色々と書かれていますね。

右翼的な主張のもとそれに反対する人を攻撃していく人達のことを指すようです。

 

私の感覚を言いますと、ネトウヨの特徴としては下記のようなものがあります。

  • 中国や韓国に強気
  • 憲法をとにかく改正
  • 安倍政権を強烈に支持
  • 安倍政権に批判的な人物を個人攻撃
  • 朝日新聞が何を封じようとフェイクニュース(たぶん中身も読んでない)
  • 社民党や共産党が何か言えば「パヨク〜」で処理
  • ケントギルバートや櫻井よしこ、金美齢などが大好き
  • 産経新聞や読売新聞には融和的
  • 「保守」的な立場だと自称
  • 「証拠を出せ」「他に議論することがあるだろ」が口癖
  • アベノミクスのソースは経済については高橋洋一氏

 

もちろんそれ以外にもネトウヨの特徴というのはたくさんあります。

ですが、今回はこのように個別具体的なネトウヨの特徴を書くことは控えます。

それについてはすでにNAVERなどに秀逸などがまとまっていますからね。

 

もう少しネトウヨを大きく今回は捉えてみました。

なぜこのようなことをするのかというと、大枠を捉えることによって彼らがなぜ上記のような態度や行動をとるのかも見えてくるからです。

 

ネトウヨの特徴を個別具体的に捉えるというよりは「ネトウヨ的なもの」を捉えることで社会に蔓延する問題を見出そうと思うのです。

 

■目次

 ▶「ネトウヨ的なもの」の特徴

 ▶「ネトウヨ的なもの」から見える日本社会の病理

 ▶「ネトウヨ的なもの」を克服する方法

■「ネトウヨ的なもの」の特徴

さて早速ですが、ネトウヨの方々を貫く「ネトウヨ的なもの」の特徴について書いていきたいと思います。

これは、私が思うに「より小さな悪を選ぶしかない」というものです。

 

そう考えたきっかけは彼らの執拗な野党叩きを見て得られました。

ネトウヨは絶対に何があってもと言えるくらいに野党の発言を支持しません。(維新の会はここでは野党とみなしません)

 

この徹底性は驚嘆に値するほどです。

ですから私が共産党の議員がいいことを言っているじゃないかと言おうものなら「パヨク〜」と速攻で認定されるわけです。

 

ただ、この彼らの立場にこそ「ネトウヨ的なもの」を捉えることができるチャンスがあると私は考えているのです。

「より小さな悪を選ぶしかない」という特徴がよくよく現れています。

 

 

彼らの脳裏に根本的に刻まれているのはこうです。

「確かに自民党(安倍政権)はひどい部分もあるかもしれない。しかしながら、あの民主党よりはそれでもマシなはずだ」

 

 

彼らの脳裏にはおそらく5年ほど前の民主党政権の惨状がしっかり刻まれているのでしょう。

 

私もネトウヨに同意するところとして確かに民主党政権はひどかったと思うところです。

シビリアンコントロールを知らなかったり平成の開国と言いながら不平等条約であるTPPを何としても結ぼうとしたりする総理大臣、復興対応を遅らせた対応のまずさなども含め民主党はお世辞にもいい時代とは言えませんでした。

 

 

ネトウヨというのは昔もいたんでしょう。

ただ、ここ最近の増殖ぶりや思想の徹底性、発言内容の類似性は民主党政権から自民党政権に戻ったことと無関係ではないでしょう。

 

彼らの増殖ぶりとその思想の徹底性はおそらく間違いなく上記に述べた「民主党よりマシだ」という世界観が共有されているからに他なりません。

 

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■「ネトウヨ的なもの」から見える日本社会の病理

ちなみにこのいわゆる妥協的な「ーよりマシ」という「より小さな悪の選択」は非常に危険だと私は考えています。

ネトウヨ的なものが扇動するこのもはや思想とは言えない「反動」は最悪の事態を招きかねないことを歴史は教えてくれるからです。

 

その「ネトウヨ的なもの」の特徴が見られた歴史の例としてナチス時代のユダヤ人大量虐殺をあげることができます。

最も偉大な女性思想家として今注目を集めるハンナ・アーレントという思想家がいるのですが、彼女は『責任と判断』という著書の中でまさに私が今述べたことを書いています。

 この「より小さな悪」という論拠は、道徳的な正当化を目指す試みとして重要な役割を果たしました。この論拠によると、二つの悪に直面している場合には、より小さな悪を選択する義務があり、どちらも選択しないというのは誤謬であると反論すると、<きれい好きの道徳論>だと非難されます。

『責任と判断』ハンナ・アーレント(2014) ちくま学芸文庫 p59

ここでアーレントが述べていることは非常に注目すべき内容です。

彼女は、大量虐殺を道徳的な正当化を目指す試みとして「二つの悪に直面していると思わせより小さな悪を選択する義務がある」というのをナチの党員及びドイツ国民に導入したと指摘しているのです。

 

そして、どちらも選択しないというのは「綺麗好きの道徳論」と非難するということのようです。

 

この「より小さな悪」にネトウヨが支えられているという風に私が考える象徴的な例があります。

それは、私が自民党(安倍政権)を批判した時にネトウヨから「左翼」と言われることが挙げられます。

 

私は実は野党の今の言ってることは妥当だと思いますが、別に野党自身に傾倒しているわけではありません。

ですが、「ネトウヨ的なもの」の思想に基づけば、私はネトウヨ(右翼)の敵なので、「左翼」ということになってしまうのです。

 

いわゆる「左翼認定」というのは彼らのこの世界観にあると考えれば合点がいくのです。

そして全体主義の特徴でもありますが、敵を作り出すことで結束を強めるということもこれが一役買っています。

 

なおこのことに流されるのが日本社会の現状ですので、ネトウヨをバカにしていられないというのが私の率直な意見です。

安倍政権を長年続かせているのはネトウヨだけではどうにもなりませんからね。

 

つまり、「ネトウヨ的なもの」から生まれたネトウヨ(著名人にも山ほどいる)に扇動される我々の社会も他人事ではなくある種思考停止状態に陥っているのです。

 

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■「ネトウヨ的なもの」を克服する方法

さて、「ネトウヨ的なもの」の特徴をここまで書いてきました。最後にこれをどう克服するかについて書きたいと思います。

これを克服しなければ、日本社会に未来はないとさえ偉そうにではありますが思っています。

 

一言で言えば、「保守的な態度」ではないかと思います。

ネトウヨは自称「保守」を名乗っていますが、移民政策をしたりTPPをする安倍政権を支持している時点で「保守的な態度」は持ち合わせていません。

 

この「保守的な態度」は先ほどのアーレントの引用をもじれば<きれいずきの道徳論>なのかもしれませんがやることは一つです。

やばいのがいたら止めましょうという話です。

 

よくネトウヨの特徴として「対案を出せ」と「安倍さんをやめさせてどうするんだあ」という2つのキラーワードがあります。

これは、要するに「他にないでしょ。じゃあこれでいきましょ」というメッセージが含まれているのですが、これに加担するべきではありません。

 

目の前に悪があればとりあえず止めるでいいんです。

これが「保守的な態度」だと思うのです。

 

私も野党が信用できるとは言っていません。

ただ、安倍政権がひどすぎるので止めましょうという話なのです。

 

全裸で歩いている人がいて警察は対案を出しますか?

どうすべきかという前にまずは取り押えるでしょう?

 

それでいいんです。

まずければ一度立ち止まる。

これが「保守的な態度」ではないでしょうか。

 

日本の著名な保守思想家である福田恆存は『保守とは何か』の中で下記のように述べています。

人間は停止することができぬなどとたれがいふのか。そのやうなことばに耳傾けてはならない。・・・僕達の肉体は停止することが出来ない。が、精神はいつ、どこでも時間の外に停止することができる。・・・いやそれは静止しうるのみならず、なにか大いなることをなさうとするばあひ、あるいは自己を変革するばあひ、かならず静止のひとときをもたなければならない。

『保守とは何か』福田恆存(2013)文藝春秋ライブラリー p34

 

もちろんこれは「現状に満足する」という意味ではありません。

保守的な態度は改革をしないわけではないのです。

保守派がつねに現状に満足し、現状の維持を欲しているといふ革新派の誤解である。戦術的誤解でなければ希望的観測である。日本の保守党すら、明治以来今日に至るまで、たえず進歩と改革を考へてきた。保守派が合理的でないのは当然なのだ。むしろそれは合理的であつてはならぬ。保守派が進歩や改革を嫌ふのは、あるいはほんの一部分の変更をさへ億劫に思ふのは、その影響や結果に自身が持てないからだ。・・・保守的な生き方、考へ方といふのは、主体である自己についても、すべてが見出されているといふ観念をしりぞけ、自分の知らぬ自分といふものを尊重することなのだ。

『保守とは何か』福田恆存(2013)文藝春秋ライブラリー p181

まずは、まずいことがあれば止める。

対案がなければ暴走を止めないなんて常識は詭弁なのです。

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