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新型コロナウイルス第二波が第一派より深刻だと思われる理由〜東京のエピセンター化〜

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第一波を日本モデルで制圧したと息巻いた安倍、日本はロックダウンなしでコロナに打ち勝ったと述べた西村、、、

 

今急増する新型コロナウイルスの感染者数は先般の政治家の発言がいかに論外でトンチンカンなものであったかということを教えてくれています。この今感染者の急増という中で非常に深刻な問題であり、第1波とは性質が違う可能性があるという仮説を提示されています。

 

先日の国会中継を見ておられない方も多いかと思いますので、本日はその内容について私なりに簡単に紹介をしていきたいと思いますが、単純に我々の気が緩んだから感染者が増えているというわけではないということをお伝えできればと思います。

 

 

第二波と第一波の違い

第二波と第一波が異なる性質ではないかと仮説を提示したのは以前も紹介した児玉龍彦教授です。

 

彼が何を言っているのかご紹介しましょう。もちろんこれはあくまで「仮説」の段階ですので、「事実」ではありませんが、「事実」であるかを知るまで待っているリスクの方がでかいので早く対処しなければまずいということを児玉氏は述べておられます。

 

改めてですが、第二波というのは単に我々が緩んだからやステイホームをやめたからというものではないと述べています。

 

ではなんなのかというとポイントはウイルスが変異している可能性があるというところで、その背景に新宿がエピセンター化しているのではないかというのがあるのです。

 

ウイルスの変異についてですがこれはどういうことかというと新型コロナと一口に言っても、最初は武漢から入ってきたもの、次が欧米からの帰国者により広がったもので、その次に来ているのが東京・埼玉型という今広がっているものの可能性があると児玉氏は述べています。

最初の二つはすでに収束しているとされているのである意味で今の状態は「第三波」とも言えます。

 

ただ、ここでは個々の名前が大事なのではありません。

 

ウイルスが変異をすることを通してより環境適応能力を高めている可能性があり、これまでの対策では歯が立たなくなる可能性があるというところがポイントです。

 

だから、ここにあるような東京・埼玉型というものが現に現れていてそれが感染者を増やしている場合、これまでとは別格の勢いで感染者が拡大する可能性があるのです。

 

 

児玉氏は一つの例としてこれまでは「飛沫感染」により感染が広がるとされ、そこを抑え込むために例えばマスクをつければOKといったような考え方があったが、それが通用していないケースが出て来ていることを指摘しています。

 

劇場でのクラスターやデパートや保育園での集団感染が話題になりましたが、あれを見ていると空気感染している可能性がゼロではないと述べています。

 

 

仮に空気感染するようになっているとすれば、マスクをしても意味がないし、満員電車などでも感染が発生する可能性も格段に上がることを意味しており、繰り返しになりますが結果的に1日の感染者数が見たこともないレベルにまで高まる可能性があるのです。

 

 

そして、その日本型のウイルス培養工場としてエピセンターというものが今特に新宿ですが、他にも池袋、埼玉の一部にできつつあると述べています。

 

 

新型コロナ楽観論の問題点

なお、現在もですが、新型コロナに対する楽観論というのは根強くあります。よく見るのは下記のようなものです。

 

・軽傷無症状が多いから放っておけばいい

・新型コロナは単なる風邪

・肺炎やインフルエンザなどの方が人が多く亡くなっている

 

といったものです。

 

しかし、こういった楽観論は鵜呑みにすべきでないということが児玉氏の主張から見えてきます。

まずコロナが大したものではないという考えについてですが、その考えが無症状患者を放置し、エピセンター誕生をもたらしている可能性があるというのです。大爆発の震源地ができてしまうと生ぬるいことは言っていられなくなります。

 

 

だからこそ、これまでの「症状がある人を検査する」というもの(それすらできてませんでしたが)は少なくとも今の段階では正しいアプローチではなく、エピセンター化しつつあるところでは全数検査とも言われる形で無症状も含めた陽性者も徹底的に割り出し制圧が必要だというのです。そのためにPCRや抗体検査をうまく組み合わせると良いと述べていますが、詳細は今回は割愛します。

 

全数というと膨大なPCR検査数を行うことになるわけですが、日本は一日数千件でひいこらいっていますが諸外国でおこなったものは桁が異なります。韓国でのエピセンター疑いがあるところでは20万人以上、シンガポールのクラスター担った出稼ぎ労働者のところでは30万人以上、北京の市場クラスターでは20万人を行い、下記にもある通り対象者は「全員」やり、もれなく行なっていると記載があります。

 

これについて「検査したら医療崩壊する」という考えの人にとっては途方も無い暴挙と映るでしょうが、この検査によって明らかにしようとしているのは個々の陽性者特定というよりは、その社会の実態です。実態を把握することで児玉氏が述べているようなエピセンター発生を未然に防ぐことができます。

 

この諸外国で行われている生産拠点誕生の阻止を疑わしい新宿や池袋などのリスクがあると言われているエリアでやるべきだと彼は言っています。

 

 

なお、「他の病気より死者が少ないから過剰反応するな」という意見について少し取り上げましょう。

これは人間が数字や統計だけを見ているだけではなく、感情に突き動かされる動物だということを忘れています。

 

未知のものに対して恐怖感を抱くというのは一度起きてしまうと単に「大丈夫だよ」といっても意味がないことは科学者であれば知っているはずなのですが、政府の学者を含め一部の楽観論を展開する学者はこの視点を見落としています。

 

 

科学者のやることは「大丈夫だ」というのではなく、徹底検査を行い実態を把握し問題を除去したうえで「大丈夫だ」というべきなのです。

 

 

少し例を挙げておくと、交通事故で年間かなりの人が亡くなっていますが、多くの人は車に乗っています。

変な話コロナよりリスクがあるかもしれません。

 

しかし多くの人が車に乗る決断をしているのは「大丈夫だ」と言われたからではなく、事故はどのくらい起きているのかの実数がかなり正確に把握されているということはもちろんどういうケースで何を引き金に起こることが多いのかが見えています。

 

だからこそ、どうやって運転すれば大丈夫だという理解が広まったり、自動ブレーキやエアバックなどの安全装置を増強し多くの人が感情的に「安心」できているからリスクがあるのに運転しているのです。

 

「安心」という言葉を毛嫌いし、「ゼロリスク信者」と揶揄する人もいますが、安心を求めるのはゼロリスク信者ではありません。

極論に持ち込んで何もしない理由を作り、現状がわからないことによって生じている心理的不安をとく努力をしないのはダメなのです。

 

今の政府は単にできる能力があるのにしてないだけなので、それを後押しするような意見は百害あって一利なしでしょう。

 

また、結局そうやって放置しておくと楽観論者がいうような経済活性化がうまくいきません。

万全とも言える感染症対策をして初めて安心なので経済を動かしてくださいねと言えるのです。

 

金のバラマキを事業者にやり続けるという作戦はスマートではありません。

あくまでなるべく国民個人が自由な活動を行えることを望んでいることでしょう。

 

金をばらまくなら感染症の検査インフラや実施の人的コストに大量投入すべきでしょう。

森嶋通夫の本を紹介したところでも述べましたが、日本には政治的イノベーションが欠けており、その大元にはビジョンが描けていると述べました。

 

なので場当たり的な財政政策や金融政策で「やってる感」を出しているだけになっているのです。

感染症対策に関わるビジョンを掲げ、そこに金を一気に投下して制圧することが結果的に経済の回復にも資するということを早く行動に移してもらいたいものです。

 

我々にできることとは何か?

そういった意味で改めてですが今やるべきはエピセンターというウイルス生産工場活性化の阻止に向けた大規模検査を後押しするべく政治家に文句を言うことです。自分たちで自粛をしていくことに仮に効果があっても、徐々に効果がなくなっていくでしょうし疲弊していくだけです。

 

なぜ政治家に文句を言うかですが、これまでにすでに児玉氏が述べたような大規模検査をやっていても良かったしやる能力もあったのに、法律や官庁の問題でできなかったいうのです。

 

 

児玉氏の主張は下記の3点ですが、要はトップダウンでの感染症対策を全国で行う立て付けになっていないことを問題としています。

• 感染検査を担う事業所を限定している。検査は医療行為であり、特定の医療機関、検査機関でな
いと行えない。大規模検査能力を持つ大学や研究所、企業でなく保健所が行う仕組みである。
• 個人情報の扱いが自治体ごとにバラバラであり、コンタクトトレーシングなどで健康個人情報を
扱うのに、責任者がわからない。転用される不安が横行する。
• 現行の自治体ごとの対応の根拠が不明確なインフルエンザ特別措置法律では、業種別、地域別、
個別事業者、施設での封鎖、隔離、全員対象検査を、国費で自治体ごとに独自の決定ができない。
エピセンターでは、空気感染の可能性も生まれつつある今、一刻の猶予もない。

https://www.ric.u-tokyo.ac.jp/topics/2020/ig-20200716_all.pdf

具体的には検査能力が大学や企業にあるのに感染検査を担う事業所を保健所などに限定してしまっていると言うのが一点。

もう一点が、個人情報を自治体ごとの管理になっており横断的な管理ができないというのが一点。

最後が現在のインフルエンザ特措法では大規模な全員検査実施の決定が自治体ごとにできないと。

 

政治家はプライバシー保護に十二分に配慮することを国民に伝えた上で、バイオとインフォテクノロジーを駆使した21世紀スタイルで社会を正常化させる義務を早期に果たしていただきたいものです。

 

読書会を大阪とスカイプで開催しています。

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