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シュンペーターの名著『租税国家の危機』を要約してみた

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本日は久々に名著紹介をしたいと思います。

要約もどきみたいなのを書かせていただきます。

 

取り上げる著書は、ヨーゼフ・シュンペーターの『租税国家の危機』です。

 

イノベーションや創造的破壊と言った言葉でおなじみのシュンペーターですが、彼はそちらの方面だけでなく国家論でも秀逸な著作があります。

それが『租税国家の危機』です。

 

非常に短くて読みやすいのでぜひ手にとってもらえればと思いますが、私なりに導入を描いてみました。

国家とは何か

シュンペーターの『租税国家の危機』という本について早速みていきましょう。

 

ポイントはいくつかあるのですが、あえて一言でまとめるとこの本は「国家とは何か」という壮大な質問にある一つの解を与えてくれる本です。

 

「国家」というとたいそれたような気がしますが、「日本」とか「アメリカ」とかそういうのは全部国家という概念を具体化したもので意外と身近なものです。

 

そんな「国家」というものをそれぞれ分け隔ててるものってなんなのという我々の疑問にシュンペーターはこの本を通してこたえてくれているのです。

シュンペーターの考えによればある単一の「租税」を課すことができる一定の枠を「国家」と呼ぶようです。

したがって、「国家」と「租税」は非常に多くの相互関連を持っているゆえに、この側面から、我々の洞察が、国家の本質に迫ることができるかどうか、検討しようとすることも当然であろう。まず第一に、社会生活の全ての領域が「社会化」され、個人の全ての活動が全体としての社会に改称しているところでは、特殊現象としての「国家」ーもしこの言葉が現に見るように、この世で我々を巡って動いている社会生活の要素を表、単純に、「社会的共同体」、あるいは、「社会組織」の別名ではないとするならばーは、全く存在の余地がない。それゆえ、原始的な遊牧民の場合には国家は存在していない。すなわち、その社会組織は一つの統一体を形成し、のちには国家のものとなる機能をも満たしているが、しかし、そこからは、特殊の国家というものは全然発展しない。そこからは、特殊の国家というものは全然発展しない。もし、ここにも国家を見出そうとするならば、古歌を単純に社会秩序と同一視してしまわなければならないであろう。

『租税国家の危機』ヨーゼフ・シュンペーター(1983)岩波文庫 p30

 

単純ながら実はこれはかなり的を射ている国家の定義です。

日本で言えば北海道から沖縄までが一つの「租税」単位です。

台湾に日本の租税単位は及びませんし、いわんや韓国や中国にも及びません。

 

シュンペーターは租税の管轄下におけばそれは一つの国家の構成要素と考えたわけですね。

 

 

ちなみにですが、「租税」自体の成り立ちは戦費の調達というところからきているようです。

外敵がいるのでそれを守るためにカンパしてくれっていう単純な話ですが、大きな敵と立ち向かうにはある一定の「協働」が必要で、そのために「国家」は生まれたという話です。

 

国家が危機にあるサイン

このシュンペーターの「国家」についての認識を見ていくと逆に国家はどういう時に危機に瀕するかが見えてきます。

それはここまでの流れからお分りいただけるかと思いますが「租税機能」が破綻する時です。

 

 

いろいろな形で危機の兆候は見えますが、一つ言えるのが「債務の膨張」はそのサインの筆頭にくるでしょう。

 

 

 

国家財政が大赤字になり、それが歳入を大幅に超え続ける国家は国家としての危機を迎えるという話です。

ギリシア、イタリア、ポルトガル、スペインの債務が多額に上った国々を総称してPIGSと呼んでいましたが、これらの国は租税国家としての危機にある国の筆頭例です。

 

それ以外にも実は下記のOECDのデータを見ていくとドイツなどの一部の例外を除いては世界的に債務が膨張する傾向にあり多くの国においてぐらつきが見られるのです。

https://www.oecd-ilibrary.org/economics/national-accounts-at-a-glance-2015/adjusted-general-government-debt-to-gdp-excluding-unfunded-pension-liabilities_na_glance-2015-table40-en

 

 

なお、シュンペーターは第一次大戦に敗北し多額の債務が残ったオーストリアを見ながらこの記事を書いたそうですが、何も戦争がおこる必要はありません。

国家自体は租税の収支破綻により危機に瀕するという原則に則れば我が国日本もまた例外ではないのです。

 

なおここで少し本文を要約しますと、シュンペーター自身はこのような租税国家の危機を逃れうる方法として二つ挙げていました。

一つがマイルドなインフレを起こし、借金自体の実質価値を目減りする方法です。

もう一つが、極端な財産課税を行う方法です。

 

危機的な状況にある日本はいずれかのアプローチをとっているのでしょうか?

今の日本の危機的状況を予言???

今あげた二つの逃げ道ですが、日本はいずれの逃げ道も使えていないよう思われます。

 

「もはやデフレではない」と六年以上言い続けながらゼロインフレが続く安倍政権の経済運営を見ているとこの政権の手腕はともかくとしても一つ目のやり方で危機を回避するというやり方はできていません。

 

二つ目の、強力な財産課税の方はどうでしょうか。

どうもこちらも望むことはできません。

 

 

むしろ逆行する様に法人税が減税されています。

 

シュンペーターのいう強力な財産課税ができない理由はいろいろ考えられますがその大きなものとしてたくさんの資産を持っている人が政治をやっているからかもしれません。

自分の財産が失われるような政策を自らやるという力学を期待するのはなかなか難しいものがあります。

 

何れにしてもシュンペーターが租税国家の危機を回避する方法としてあげているものは今のところ行われておらず日本はそれなりに国家として機能不全になりかけているが止血できていないというのはある程度妥当では無いでしょうか。

 

 

なおシュンペーター自体も実は今あげた二つの危機回避法は完全なものとは考えていないと思われます。

彼自体はそれらは単なる時間稼ぎであり、最終的には資本主義と租税国家という近代国家の採用しているパラダイムは崩壊せざるを得ないと彼は述べています。『租税国家の危機』で最後にシュンペーターはこのように書いています。

しかし、その最後の時刻は来るだろう。次第次第に、経済の発展と、それに伴う社会的共感の環の拡大によって、私企業はその社会的意義を失ってゆくであろう。これは、19世紀後半の諸傾向の進路のうちに予告され、そして存在しているのであって、世界大戦で頂点に達したところのもの全ては、おそらくは、その最後の錯行であったので在る。社会は私企業と租税国家を超えて進展するー戦争の結果としてではなく、それにもかかわらずである。これもまた確実で在る。

『租税国家の危機』ヨーゼフ・シュンペーター(1983)岩波文庫 p81

私企業と租税国家は徐々に役割を終えると書いています。

 

さて、この後世界および日本はどうなっていくのでしょうか。

シュンペーター自体は社会主義へ部分的にではあれ移行していくと考えていたように思いますが、今世界的に話題になっているベーシックインカムはある種社会主義の延長にあるものです。

 

これがいいか悪いかはともかくとしてベーシックインカムという発想は資本主義ではなく、かなり社会主義的な考えです。

ベーシックインカムが実現するということが現実味を帯びてくるとシュンペーターの『租税国家の危機』は再び輝きを増すでしょう。

 

今の時代はどうなっていてこれからどうなるのかということを下手なビジネス書を読むより考えさせられる一冊です。

もしよろしければ読んで見てください。

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