おすすめできる本

今こそ読みたいオルテガ・イ・ガゼット『大衆の反逆』の要約を書いてみた

投稿日:

ここ最近古典を紹介する記事を幾つか書かせていただいていますが、今日もまた書いていきたいと思います。

 

本日はオルテガの『大衆の反逆』を取り扱おうと思います。

要約を書きつつ『大衆の反逆』の今日的な意義について考えてみましたのでご笑覧ください。

 

少しだけ本格的に要約に入る前に前置きをします。

オルテガの思想の根幹に連なっているものは何かというと「徹底的な近代批判」です。

 

そういうとなにやらアカデミックで小難しいものの気がする方もいるかもしれません。

ただ、それほど難しく考える必要はありません。

 

 

近代とは我々の便利な生活の基盤を作った時代です。

一例としてあげますと高速列車、自動車、スマホを始め今やなくては生活ができないものになりつつある多くが近代以降の生産性革命がなければ生まれ得ませんでした。

 

ただ、この便利で豊かな生活を生み出した近代社会がいいことばかりではないんだぞというのがオルテガが伝えたいことなのです。

その典型例として近代が生み出してしまった「大衆」というものの存在を彼は取り上げます。

 

 

彼の論の結論としては近代以降に誕生したこの「大衆」こそが我々の時代においては社会を大いに危機に導くであろうと予言しているのです。

あらかじめ「大衆」とは何かというところに関して有名な箇所を引用します。

大衆とは善い意味でも悪い意味でも、自分自身に特殊な価値を認めようとはせず、自分は「すべての人」と同じであると感じ、そのことに苦痛を覚えるどころか、他の人々と同一であると感ずることに喜びを見出しているすべての人のことである。

『大衆の反逆』オルテガ・イ・ガゼット(1995)ちくま学芸文庫

オルテガによれば「大衆」は自分が「すべての人」と同じであることに苦痛を覚えるのではなく、喜びを見出す人だと述べています。

 

 

ピンとこない人のために少し説明しますと、封建社会では職業階級ごとに人々が社会のある組織集団に所属していました。

この社会では、多くの人が階級によって社会での役割を規定されており、「すべての人」と同じであるという発想は皆無の社会でした。

それをひっくり返したのが近代社会です。

 

近代社会はそういった組織を資本集積の過程で徹底的に破壊しました。

そしてバラバラな個人を量産したのです。

 

それを総称して「大衆」とオルテガは読んでいます。

さてさて、前置きはこれくらいにしてこの近代の産物である「大衆」なるものがいかに危ないのかを見ていきましょう。

 

■要約❶ー過去に対する恩知らずー

オルテガの「大衆」批判の核心部分はいくつもあるのですが、その筆頭に来るのが人々の「過去に対する恩知らず」が上げられます。オルテガは『大衆の反逆』で下記のように述べています。

 

ところで、今日の誰でもいいが一人の代表的な人間を捕まえて同じ質問をしたとしたら、彼の率直な答えは明白そのものだと思う。彼には、いかなる過去も、例外なく息詰まるような狭い場所のように映るに違いないのである。

『大衆の反逆』オルテガ・イ・ガゼット(1995)ちくま学芸文庫

 

オルテガによれば大衆のほとんどが過去のいかなる地点よりも現在を「優れている」と考えると指摘します。

なぜこの考えが来るかというと科学技術の発達である「より早く、より遠く、より安く」が既存の技術を破壊することで実現してきた経緯があるからだと考えられます。(シュンペーターの言葉を借りれば「創造的破壊」)

 

 

ただ、これを科学技術以外のところに持ち込むと色々と問題が出てくるわけですね。

オルテガ自身これが大いに危ういと『大衆の反逆』の各所で指摘しています。

具体的に彼はこう述べています。

抑制の効かない進歩史観がいたるところに持ち込まれる時、過去に対する恩知らずな言動や行動を導き悲惨な結果を引き起こすと。

 

彼の意見を今日風にまとめるとこうです。

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

確かに、現代はスマホで信じられないほど多くのことをできたり、ヨーロッパにも飛行機に乗れば1日で行ける時代だ。(より早く、より遠く、より安く)

これは今までの時代では考えられなかったことである。一面としてこれは素晴らしいことだ。

しかしながらどうだろう。技術革新が起きる一方で人間自体は進歩したのだろうか。

 

むしろ技術の進歩と引き換えに退化してないだろうか。

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

オルテガの恐れを端的に言えば、「創造的破壊」と称して壊してはいけないものを現代人は壊しているということです。

では、「壊してはいけないもの」とは何かを次に述べましょう。

 

目次にもどる

■要約❷ー救いの手を自ら破壊ー

過去を軽視する「大衆人」はあらゆるものを破壊することで「進歩」を確認しようとするわけですが、色々と壊してはいけないものを壊してしまったとここまで述べてきました。

 

ここでは大衆が破壊し続ける「壊してはいけないもの」についてはここでは書かせていただきます。

 

それは咀嚼して言いますと「人々の判断の基盤である常識や習慣」を上げることができます

 

このような価値判断の基盤は歴史や習慣により生み出されるわけですが、おかしなことに「大衆」はその大切なものを自らの手で破壊してしまうのです。これが「壊してはいけないものを壊す」の意味です。

 

わかりやすい比喩で記している箇所があるので下記をご覧ください。

飢饉が原因の暴動では、一般大衆はパンを求めるのが普通だが、なんとそのためにパン屋を破壊するというのが彼らの普通のやり方なのである。この例は、今日の大衆が、彼らを育んでくれる文明に対してとる、一層広範で複雑な態度の象徴的な例といえよう。

『大衆の反逆』オルテガ・イ・ガゼット(1995)ちくま学芸文庫

飢饉でパンが欲しい時、普通の人は普通パンを求めてパン屋に向かいます。

しかしながら、「大衆」は飢饉の際にパン屋に行ってパンを食べようとするのではなく、パン屋を破壊するとオルテガは述べているのです。

 

これが示唆するのは前進しようと行動した結果、むしろ二度と手に入らなくなるように自らしてしまうということです。

オルテガは「大衆」が自らの手でその判断の基盤を守ろうとしないことに驚愕したかのように下記のように書きます。

つまり、私の主張はこうである。十九世紀が生の幾つかの側面に与えた組織的完全さそのものが、その受益者たる大衆が、それを組織とは考えず自然物とみなしている原因なのである。かくして、それら大衆が自ら暴露している彼らの不合理な心的状態が明確になる。つまり、彼らの最大の関心ごとは自分の安楽な生活でありながら、その実、その安楽な生活の根拠には連帯責任を感じていないのである。

『大衆の反逆』オルテガ・イ・ガゼット(1995)ちくま学芸文庫

常識的に考えればわかると思いますが共同体をはじめとした伝統や歴史が生み出したもののほとんどが非対称です。

つまり、一度ぶっ壊すと取り返しがつかないことがほとんどなのです。

 

しかし、大衆は積極的に破壊しようとするのです。

「いやそんなことないでしょ?」と言いたくなるかもしれません。

 

ただ、身近なところでゴロゴロ例があります。

 

TPPや大阪都構想、郵政民営化、労働者派遣法、都民ファースト、、、

最近の馬鹿騒ぎの大半が「ぶっ壊せ」が内在的キーワードでした。

 

 

それぞれかなり支持されていたことです。

その特徴は既存の秩序に攻撃を仕掛けていくというものです。

 

すでに効果検証が可能なものとしては、労働者派遣法などは悪化させる改革だったことはもはや言うまでもありません。

そして、これから行うような上にあげたものも全てひどい結果になることは見えています。

 

目次にもどる

■要約❸ー社会への無関心ー

最後にオルテガが大衆分析でたどり着いた大衆の正体についてまとめのような形になりますが書かせていただきます。

一言で要約するならば大衆とはあらゆることに「無関心」なのです。

 

受け身で上から降ってくるものを待っているそんな人をオルテガはイメージしています。

spoiled children(甘やかされたガキども)という英訳もあるのだとか。

 

 

だから歴史に学ばないし、既存にあるものをいとも簡単に破壊しようとするのです。

私はよくネトウヨに喧嘩を売って左翼認定されるのですが、私から言わせれば彼らは真剣味にかけています。

  • TPPがいいというがメリットを具体的に教えてください
  • 現行憲法解釈を180度ひっくり返す安保法案をどうすれば合憲と言えるのか教えてください
  • 大阪都構想は財源効果が4000億円出ることが最低ラインと言っていましたが、市の調べで1億円とでました。一方で初期費用が数百億円かかると言われてます。それでもやるメリットあるのでしょうか。
  • 移民を「外国人材」とごまかしながら入れているのですが、安倍晋三さんはこれで保守と言えるのでしょうか。

 

こういうことを聞くと「じゃあこのままでいいのか」「今の日本には痛みの伴う改革が必要だ」「橋下さんくらいの突破力がないとダメなんだよ」、、、、どれもロクデモナイ反応というかなんというかまあ一言で言えばひどいんですよね。

大衆人は、環境に無理強いされるのでなかれば、けっして自分以外の者に目を向けることはないであろう。そして今日では、環境が彼に強制することはないのだから、彼は他に頼ることをやめ、自ら自己の生の主であるという気持ちになっているのである。

『大衆の反逆』オルテガ・イ・ガゼット(1995)ちくま学芸文庫

断言してもいいですが、前述のような安易で急進的な改革を喜べる人は根本的に社会に対して無関心なんです。

真剣に考えれば、そんな特効薬などない地道にやろうとなるはずです。

 

しかし、真剣味にかけているのでとりあえずぶっ壊してみようみたいな発想に取り憑かれてしまうのです。

この繰り返しをやめないと真の改革などありえないのですが、おそらくまだまだその段階から抜け出すことは難しいでしょう。

 

さて最後に結んで箇条書きでまとめて終わりとします。

 

オルテガの『大衆の反逆』で言える主要な結論は3つです。

一つは現代がこれまでのすべての時代にすぐるとは言えないということ。

二つ目は非対称な伝統を破壊する大衆の幼稚なメンタリティーは危険だということ。

三つ目は社会への無関心こそが社会を破壊するということ。

 

まずは社会に関心を持つことです。そうすればいかがわしい連中というのは見えてくる気がします。

 

お読みいただきましてありがとうございました。

目次にもどる

 

管理人は読書会を定期的に大阪とオンラインにて開催しております。
本ブログにて紹介した本などに興味のある方は下記のリンク先を見てみてください。 (バグで重複して表示されており不恰好で恐縮ですが、、)

-おすすめできる本

Copyright© 悲痛社 , 2019 All Rights Reserved Powered by AFFINGER4.