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世の中一般について

なぜ社会はこれほど不平等なのか

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「人間は皆平等である」

 

 一般的にこのような国家を、今日では文明国家と我々は呼んでいます。

 

そして、その1つには日本も含まれていると多くの人が考えているでしょう。

 

しかし、現実はどうでしょうか。

 

 

アメリカなどは超格差社会であるのはもちろん平等意識が高いと言われる日本でさえも、不平等であふれています。

 

たとえば、少し古い2012年のデータですが、東大生の51.8%で世帯年収が950万円を超えているという調査結果がありました。

 

こちらは、当時すごく話題になったデータです。なぜなら、世帯年収が550万円あれば裕福と言われる日本で、その倍近くを稼ぐ世帯が最高学府に集中していることが、定量的に明らかになったからです。

参照:https://dot.asahi.com/aera/2012111600016.html?page=1

 

 この例のように、「誰もが平等で、努力をすれば社会の上を目指せる」というのは現実においては幻想です。

 

身も蓋もない話ですが、お金がある人の家に生まれると、恵まれた地位につく可能性は高くなりますし、そうでなければ、非常に険しい道を歩まなければなりません。

 

当人には何の落ち度もないのに、自分の関与とは離れたところでこのような結果の相違が生まれるのです。

 

 

映画やメディアなどで描かれる「何もないところから頂点に立った」という物語の多くはそれらが「例外状態」であるがゆえに多くの人の感動を集めているのです。

 

 

 さて、このような人間社会の不平等について考え抜いた一冊の本があります。

 

 

ジャン・ジャック・ルソーの『人間不平等起源論』です。

 

 

「ルソー」といえば、歴史の教科書でも何本かの指に入るくらい有名な方ですが、この本は世の中のあらゆる「不平等」を考える上で、お勧めしたい本です。

 

 

この章ではルソーが考えた「不平等の正体」、「不平等の起源」「不平等の解消方法」を見て行きます。

 

社会に存在する二つの不平等

 まず、ルソーは社会には二つの不平等が存在すると述べます。

 

 

 一つ目が自然の不平等(身体的不平等)です。

 

 

具体的には「年齢、健康状態、体力、精神の質、魂の質の違いによって生まれる」不平等を意味します。

 

 

 そしてもう一つが社会的不平等(政治的不平等)です。こちらは「取り決めによって生まれるものであり、人々の同意によって確立されるか(中略)認可される」不平等の概念です。

 

 

そして、「様々な特権から生まれるもので、一部の人々が他の人々を犠牲にして」作られるものです。

 

 

 ルソーはこの二つの不平等のうち一つ目については問題にしません。なぜなら、「この語の定義そのもののうちに、答えが示されているから」です。つまり、自然の不平等は解消する方法を考えても、その起源から努力如何でなんともできないためどうしようもないのです。

 

 

 

 ですので、ルソーの注意は二つ目の社会的不平等に向かいます。

 

 

ルソーはこの二つ目こそが人間社会を堕落させているものだと考えています。

 

 

 

なぜなら、二つ目の社会的不平等は、あくまで人間が後天的に作り出したものだからです。

 

 

ルソーは、「自然が私たちに定めている簡素で、ムラがなく、孤独な生活をしていれば、こうした苦しみはほとんど避けられたはず」だと考えています。

 

 

つまり、自然に従って、必要最低限のものを獲得し孤独な生活をしていれば、社会的不平等に苦しむことはないというのです。

 

 

では、我々を不幸にするものをなぜ自ら作ろうとするのでしょうか。

 

人間が不平等を作り出す理由

 人間不平等の起源はどこにあるのかという話に入ります。その起源としてルソーは、人間が共同体を形成し暮らしていく上で不可欠なルールをたくさん作り出した結果だと考えています。これはどういうことなのか。

 

 

 まずは比較対象としていかなるルールも持たない野生人を想定します。野生人の場合は、食物と異性と休息の3点が満たされることが重要になるとルソーは述べます。野生人にはいかなる種類の知識もかけているために、自然の単なる衝動という情念しかない。

『人間不平等起源論』ジャン・ジャック・ルソー(2008)光文社古典新訳文庫

 

 

野生人の欲望は、身体的な欲望を超えることがないのである。世界において野生人が知っている唯一の幸福は、食物と異性と休息に関わるものである。

 

 この生は、完全に自己完結していることが最大の特徴です。それゆえ、人生においてルールを守る必要もありませんし、ルールという概念すらありません。

 

 

野生人は衝動や欲望に従っていきるだけですから三大欲求さえ満たせば何も問題ないのです。

 

 

 一方で、人間が共同体で生きるようになると様子は変わります。ルールをたくさん作り始めるのです。なぜ、ルールを形成するのか。それは個々人の自由を最大化するためです。

 

 

 「ルール」の代表例に、ルソーは「所有権」を挙げます。所有権は人間が社会の中で農業文明を発展させるために必須のものでした。

農業の分野で才覚を発揮するようになったのは、ずっと後になってからだったと考えられる(中略)その理由は(中略)小麦を栽培するための道具がなかったかもしれない。(中略)苦労して栽培したものを他人が横取りするのを防ぐ方法がなかったかもしれない。

『人間不平等起源論』ジャン・ジャック・ルソー(2008)光文社古典新訳文庫

 

ここでルソーは道具の所有や土地の所有を保証しないと、農業をする動機が湧かないと言っています。

 

これはその社会にいる全ての人にとって必要なルールになります。

 

 もちろん、今のは一例でしかありません。

 

このようなルールは社会を発展させる過程でたくさん作られました。

 

 

目先の本能だけを満たせばよかった時代と異なり、ルールを構築することで共同体を豊かにしていく考えが出てきたことがポイントです。

 

 

 しかし、所有権のような「法」を作ったことが皮肉にも不平等を作り出したとルソーは言います。

 

所有権と法の確立によって、不平等が安定したもの、合法的なものとなったことである。

 

 なぜルソーはそう考えたのか。

 

 

それは、人間の能力が全員同じではないからです。農業をやるにしても、力の強い者と力の弱い者では生産性が異なりました。

 

 

これにより富める者と貧しい者が区別されたのです。

 

もしも人々の才能が平等であり、たとえば鉄の利用の量と食料の消費量がつねにぴったりと均衡していたならば、この状態がずっと続いていたかもしれない。しかしこの均衡を維持するものは何もなかったから、すぐに均衡が破れた。(中略)同じだけ働いたとしても、大儲けをする者がいる一方で、暮らしに事欠く者もいた。

『人間不平等起源論』ジャン・ジャック・ルソー(2008)光文社古典新訳文庫

 

 まとめると、自然状態の人間が共同生活を始めた結果、社会を発展させるためにルールを作りました。

 

それにより様々な技術や産業を発展させることができるようになりました。

 

 

 

ここでは一例として農業を取り上げましたが、原初状態では所有権がないため農業の発展はあり得ませんでした。

 

 

ルールの役割は我々が思っている以上に大きいことをルソーは教えてくれます。

 

 

しかし、その大きな力を持つルールがやがて富める者と貧しい者を区別するようになったのです。

 

不平等を解消する方法

 

 では、こういう不平等を広げないためにはどうすればいいのでしょうか。ルソーは残念ながら「不平等を解消する」方法を書いてはくれません。「山に帰れ」という結論を期待していた人もいるかもしれませんが、ルソーはそのようなことは書いていません。

 

 

 ルソー自身、あらゆる文明的要素を振りほどき、引きこもることは無理だと諦めています。

 

あれこれの情念のおかげで、もはや原初の単純な暮らしぶりをすることは永久に叶わないことだ。もはや草と木の実で身を養うことはできないし、法や指導者なしで暮らすこともできない。

『人間不平等起源論』ジャン・ジャック・ルソー(2008)光文社古典新訳文庫

 

 結局、「このまま堕落してください」というのがルソーのメッセージなのでしょうか。これは違うと考えられます。なぜなら、これだと不平等を追認するだけになります。

 

 実は、彼が考えていた結論がこの本の冒頭部分に書かれています。それは、「不平等」を構築している仕組みを一つずつ見直すべきだというものです。『人間不平等起源論』の冒頭では自分が住みたいと考える国についてこう書かれています。

 

わたしが生まれたいと考える国、それは主権者と人民の利害が唯一で、同一のものである国です。国のあらゆる機構が、すべての人々の幸福だけを目指して働くような国です。

『人間不平等起源論』ジャン・ジャック・ルソー(2008)光文社古典新訳文庫

 

 ルソーは、主権者と人民との利害が一致していて、全ての人間の幸福を考える民主的な政府が存在する国を希求していました。全ての人が幸福になる仕組みを作るべきだと述べているのです。

 

ただし、市民を尊重すべきだといっても、市民が勝手な思いつきで国のルールを好き勝手に変更するようなことは望んでいません。

 

法律が神聖で尊敬すべきものとなるのは、なによりもその古さによるところが多いのですから、もしも法律が日々変更されるのに慣れてしまうと、人民は法律を軽蔑するようになるでしょう。

『人間不平等起源論』ジャン・ジャック・ルソー(2008)光文社古典新訳文庫

 

 法律というのはそれ自体の権威を「持続性」に寄るところが多いため、ころころかわるような状況ではどれほど良い法律を作ろうとも誰も守らなくなるのです

 

それゆえに、これまでの仕組みを理解した人たちによって少しずつルールを変えていくのが望ましいのです。ある意味、原点回帰が大事だというのがルソーのメッセージかもしれません。

 

 

 今の世の中は、「すべての人々を幸福にする」ことを念頭に置いていないルールや仕組みが山のようにあります。

 

 

むしろ、不平等を加速させるようなものも少なくありません。

 

 

しかし、仕組みを変えようにも、一般人が明日から国のルールを変えるのは不可能です。

 

 

それゆえ、今の我々にできることは、「すべての人々の幸福」に配慮してくれる代表者を選ぶことかもしれません。

こくち

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