多くの人が欲しがるものと聞いて、10個ほどあげればほとんど上がるものがあります。
それは、「お金」です。
なぜならその他の物が欲しい場合でも、「お金」さえあればそれらが手に入るからです。
それくらい「お金」は、我々にとって極めて重要なものであり、無くては生きていけないものとなりました。
そういう意味で、人間とお金は密接に関連して降り、貨幣を深く考えることは我々の社会をさらに深く理解することにも繋がります。
本章では、貨幣が社会でどういう作用をしているのかについて、ゲオルク・ジンメルの『近代文化における貨幣』を参考にしてにして考察します。
Contents
貨幣の「功」
まず、貨幣が社会にもたらした「功」の部分からです。
ジンメルは貨幣には個人の自由を拡大する力があったと言います。
つまり、貨幣の利用範囲が拡大するほど個人を自由にするのです。
具体的にジンメルは、貨幣により、『技術、あらゆる種類の組織、企業、職業の分野で、事物にそなわった固有の法則が支配権を握り、事物を個々の人格による色づけから解放した』と述べています。
貨幣は、人間と事物の間についたてのようなものを作り、主客を明確にすることで人間も事物も別々に『自らに固有な発展』が可能となったのです。
この主意は、貨幣がまだ浸透していない時代と比較することで明確になります。
具体的にジンメルは、『中世の人間は、村や領地、封建組織や協同組合組織に、逃れ難く組み込まれていた』と指摘し、『社会的な利害関係の中に渾然と溶け込んでおり、利害関係の方もまた、それを直接担っている人物たちによってその性格が決められていた』と語ります。
つまり、個々人は所属する社会属性により縛られていて、自ら独立した利害で動くことは困難でした。
そして、所属する集団の利害を語ることが求められていたのです。
この話は、中世に生きていない我々にはいまいちリアリティのない話かもしれませんが、例えば、ジンメルは織物職人の同業組合であるツンフトについて次のように述べています。
織物職人のツンフト(中世ヨーロッパの同業組合)は、織物職人のたんなる利益擁護にとりくむ個人の集団ではなく、専門職、社交、宗教、政治、その他多くの分野にまたがる生活共同体だった。どんなに即物的利益を中心に集団を作っていても、中世の団体はメンバーひとりひとりのなかに直接息づいていたし、またメンバーたちも権利を持たないまま団体の中に溶け込んでいた。
『近代文化における貨幣』ゲオルク・ジンメル(1999)ちくま学芸文庫
貨幣の「罪」
しかし、貨幣によるしがらみの解消は「功」の部分だけではありません。
それなりの「罪」もありました。
一言で言えば、『貨幣経済によって、・・・貨幣に換算した価値がついには唯一の有効な価値と思われてくる』ことです。
そして、『そのことによって、経済交易の対象にはじつは貨幣では表現できない側面もあることが、あまりにもよく見落とされる』ようになりました。
我々はよくテレビで「世の中全て金で買える」と豪語する拝金的な人を批判します。
しかし、大小に差はありますが、「貨幣」という価値基準への依存状態を鑑みれば、われわれも拝金主義的な人と同類かもしれません。
実際に貨幣で手に入るものは日に日に増えています。
『ある対象に見合う貨幣価値を手にすると、あたかもその対象そのままの、あますところのない等価物を所有しているかのように、あまりにも安易に信じこんでしまう』人は私も含めて相当数いるのではないでしょうか。
さらにジンメルは、貨幣経済の浸透が我々の人格すらも変化させると言います。
というのも、貨幣経済の下では、『対象の質に関わる側面は・・・その心理的なインパクトを失う』からです。
しかし、『欲求を最終的に満足させてくれるのは、結局のところ質的な価値だけ』であることを踏まえると、量的にのみ測定を行う貨幣経済は、我々に質的価値を削ぎ落とした味気のない感覚を生み出す社会と言えます。
ジンメルの述べる「貨幣とは」
ジンメルの述べる貨幣の正体についてまとめると、貨幣には3つの機能があります。
1つ目が、既存の秩序を解体すること。
2つ目が、貨幣の獲得が自己目的化すること。
3つ目が、我々を「質」から「量」を求める認識へと転換させることです。
まず、1つ目の貨幣の特徴は、(これは貨幣の「功」としての側面が強いですが)『非人格性と無色透明性こそ、ほかのあらゆる特殊な価値と異なる貨幣特有の性質』にあります。
これは良い意味では、『社会集団の内部では、確固とした境界線は次々に解消され・・・伝統の硬直性は・・・うち破』りました。一方、貨幣による取引の連鎖が自由な取引を行える世界では、『人間関係を疎遠に』する否定的な側面があります。
2つ目の貨幣の特徴は、「それ自体の獲得が目的になること」です。
背景には「貨幣」によりできることが格段に増えたことが挙げられます。
しかし、何かを交換することや価値保存機能などの「手段」でしかない貨幣に社会が依存するにつれて、逆に『その獲得を目指して努力することが原則としてあらゆる瞬間に可能な絶対的目標』になるのです。
つまり、貨幣経済の発展は手段と目的の転倒を引き起こします。
最後の3つ目の貨幣の特徴は、我々を「質」から「量」を求める認識に転換させることです。
貨幣でできることが増えると、『貨幣に換算した価値がついには唯一の有効な価値』だとみなされるようになります。
それゆえ、本来であれば「量」ではなく、「質」に満足を求めるはずの人間が「定量的な価値」にとらわれるようになるのです。
以上、貨幣についてのジンメルの洞察をご紹介しました。
どちらかというと否定的な部分が多いですが、貨幣自体はもちろん素晴らしく便利ですし、社会としての生産性を上げます。
誤解をしていただきたくないのが、貨幣の善悪が主眼ではないことです。ジンメルはこの貨幣論を通して、貨幣がどれほどまで社会や人間を変化させる力があったのかを示そうとしたのです。