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世の中一般について

自殺の原因について

更新日:

本日は、久々に世の中一般の事象について記事を書かせていただきます。テーマに上げるのは「自殺」です。

 

「自殺大国」と言われるほどの我が国は2003年のピークを超えたとは思えるもののまだまだ年間2万人以上も自ら命を絶つ人が出てきます。

https://www.mhlw.go.jp/wp/hakusyo/jisatsu/16/dl/1-01.pdf

 

世界で比較しても2017年にワースト6位を記録しているようで、マクロ的に数は減少しているものの世界的にはまだまだ自殺を誘引しやすい国というのは間違いなさそうです。

厚生労働省は世界各国の自殺死亡率(人口10万人当たりの自殺者数)を比較し、日本はワースト6位だとする分析結果をまとめた。先進国の最悪レベルで、特に女性は同3位と高い。今月下旬に閣議決定される「自殺対策白書」で公表される。

『自殺死亡率 日本はワースト6位 先進国の最悪レベル』毎日新聞デジタル 2017年5月19日

https://mainichi.jp/articles/20170519/k00/00m/040/187000c

 

さて、自殺の原因とは一体なんなのでしょうか?

これが本日の記事のテーマです。

ただし、今回は自殺の原因を論じるにあたり個別的な分析は避けようと思います。「個別的な分析」とは例えば下記のようなものです。

  • アル中
  • いじめ
  • 引きこもり
  • 失業
  • 受験の失敗

 

それゆえに、私の論の展開としては個々人がどういう境遇かは一旦無視して、どういった社会要因が個々人に自殺という行動を導くのかという形になります。

*エミール・デュルケーム『自殺論』をご紹介することを趣旨としているため、あくまで読み物として読んでいただければ幸いです。

 

自殺の原因ーデュルケーム『自殺論』からー

あらかじめ論の展開をご理解いただくためにもう一度述べておきたいと思いますが、ここからは自殺の個々の要因ではなく、社会がどういう状況だから各々が自殺という選択を自然とするようになっているかというのを検討していきます。

 

ここからはデュルケームという社会科学を代表する方がいるのですが、彼のテクストを参照しながら自殺の原因を見ていきたいと思います。

 

デュルケームをご存知ない方のために一言だけ彼を紹介しますと『自殺論』という本で自殺の根本的な原因を考察した方です。この本は今尚世界的名著として読み継がれている一冊です。

 

彼は、私が冒頭で前振りしたに同じく個々の国や個々の自殺動機を分析するだけでは自殺の原因は深まらないと考えました。その理由に毎年一定数の自殺がおきますし、国を選ばず自殺という現象はおき続けているからと彼は述べます。

すなわち、毎年毎年の一握りの自殺者は、別に自然の集団を形成しているわけでもなく、また互いに意思の疎通があるわけでもないから、自殺数のあの恒常性は、個人を支配し、個人よりも永続する同じ原因作用に基づいているという他ない。

『自殺論』エミール・デュルケーム、宮島 喬 (2018)中公文庫kindle6950

 

さて、ではデュルケームは自殺の原因を社会の何に求めたのでしょうか?

それを理解するための重要なキーワードが「思想」です。

 

つまり、何を「善」とし、何を「悪」とするかを決める思想がある方向を向いているからこそ自殺が一定数恒常的に発生するというのです。

デュルケームはローマやギリシアなどで色々な思想が出現した背景にもやはりそう言った社会的な必要性があったことをあげています。

事実、ローマやギリシアに置いてエピクロスやゼノンの悲観的な説が出現したのは、社会が重大な危機に襲われていると感じられた時に他ならなかった。

『自殺論』エミール・デュルケーム、宮島 喬 (2018)中公文庫kindle8620

 

さて、「自殺」を人々に促す「思想」とは具体的になんなのでしょうか。

デュルケームによればそれは「個人の自由」という華やかな言葉とは裏腹に「個々人の連帯をバラバラにし、孤立感を深めることを奨励する」個人主義的な考え方にあるとのこと。

 

すなわち、個々人がバラバラにいきているからこそ自らが命を絶つ自殺が深刻に捉えられないということですね。

 

ここで誤解がないように補足をします。

ここがデュルケームのものの見方が面白いところでもあるのですが、自殺をする人だけが当該の思想に支配されていることが自殺の原因ではないのです。

 

つまり、それを傍観する人もまた同様に自殺を深刻に捉えない(致し方ないもの)という価値観を無意識的に持っていることが必要で、自殺をするものと見るものの双方が同じ思想に席巻される事で自殺が恒常的におきてしまうとデュルケームは考えているのです。

自殺に対する人々のあまりの寛容さは、自殺を生み出す精神的状態が広まっていて、人が自殺を責めようとすると、自らをも攻めないわけにはいかないという事情に由来している。我々がこの精神状態にあまりに深く浸りすぎているために、ついある程度自殺を許してしまうというわけである。

『自殺論』エミール・デュルケーム、宮島 喬 (2018)中公文庫kindle8673

 

ここまでの流れを踏まえますと自殺の原因を克服して行くには二段階あります。

まずは個人の連帯を重視せず、個々人の孤立を野放しにする社会をよしとする「思想」自体の転換です。

そして、二つ目が、転換した思想をもとに適切なアクションを取って行くということですね。

 

自殺への対処法として誤った思想

さて、自殺の原因を社会学的に捉えていったとき、その対処法として大事になってくるのが「思想」の転換だと述べました。

ではどういった思想に重きをおくべきなのかということになるわけですが、ここではこれまでの歴史の中で多くの人が対処法として取り上げ失敗してきた典型的なものを取り上げていきます。

愛国心(ナショナリズム)

まずはじめが、国家に「拠りどころ」を求める思想です。愛国心またはナショナリズムといわれるものです。

こちらは近代以降対外的な戦争を繰り返す中で育まれていったものとも言われていますが、国家に傾倒することは自殺を生み出す「疎外感」を克服させるのでしょうか?

 

これに対して、デュルケームは明確にノーを叩きつけています。

 それは、政治社会ではない。特に今日、現代の巨大国家のもとでは、政治社会は、個人からあまりにも疎遠になってしまい、個人の上に不断に有効な影響を及ぼしつつある事ができない。我々の日々の務めと公的生活全体との間にどのような結びつきがあろうと、その結びつきはあまりにも間接的であって、我々は、それを絶えず生き生きと感じている事ができない。

『自殺論』エミール・デュルケーム、宮島 喬 (2018)中公文庫kindle8732

ここでデュルケームは国家というものがせいぜい「間接的」かつ「断続的」にしか個人と関わりを持てないために根本的には人々から自殺の原因とも言える「疎外感」を根絶しえないと述べます。

宗教

続いては、宗教に拠り所を求めるというものです。

こちらについても自殺の原因を撲滅する思想にはなり得ないとデュルケームは述べます。

 

確かに長らく人々に「救い」を求めてきたツールとしてその価値は計り知れないことは彼も認めているのですが、今日においてその権威が同様の力を再度発揮することは困難であると考えています。

 宗教社会も、やはりこの機能を果たすのには適さない。それは無論、この社会が、与えられた条件のもとで有効な影響を及ぼす事ができなかったという意味ではない。むしろ、それは、この影響を及ぼすための必要条件がすでに現在では与えられてないという事なのだ。実は、宗教社会が自殺を抑止する事ができるのは、それが個人をしっかり包摂するように十分に強固に構成されている場合に限られる。

『自殺論』エミール・デュルケーム、宮島 喬 (2018)中公文庫kindle8723

鶏が先か卵が先か論ではあるのですが、デュルケームは宗教が自殺の抑止に繋がらないとしている理由に、そもそも連帯がないと宗教が広がらないからと理由づけています。

 

また、他にも理由があり、宗教自体が「自由な思考」を妨げることによってのみ自殺を緩和できるため、現在のような個人の自由な発想を最もといっていいほどに重視する社会では本能的に抵抗を受けるということもあげています。

すなわち、宗教は、人々の自由な思惟を妨げる限りにおいて、初めて自殺傾向を緩和する事ができるに過ぎない。だが、個人的知性の差押えは今後困難になるし、しかもやがてますます困難になると思われる。それは、我々のもっとも慈しんでいる感情を傷つける。我々は、理性の働きに制限を加えられ、「これより先に進んではならない」と言われることを、ますます許しがたく思うようになるだろう。

『自殺論』エミール・デュルケーム、宮島 喬 (2018)中公文庫kindle8758

これを解決策とするならば人類は原初の状態に戻らなければならないと彼が述べているのが興味深いところです。

 

血縁主義

最後に家族を重要視する血縁主義的なものを思想として重用するというものです。

こちらは優等生的回答ではあるものの、デュルケームはこちらも解決策とはならないと考えています。

小津安二郎が『東京物語』で描いたように家族制度は崩壊しつつあるという事実がその実行不可能性から理由づけることもできるのですが、どちらかというとそもそも家族自体に自殺を止める力がないと『自殺論』では描かれています。

最後に家族であるが、これが自殺を抑止する力を持っていることは疑いない。しかし、自殺の増加を食い止めるためには未婚者を減らせば良い、と考えるのは幻想であろう。なぜかといえば、たとえ既婚者の自殺傾向が低いにしても、その自殺傾向自体は、未婚者の自殺傾向と同じような規則性を持って、等しい比率で上昇しつつあるからである。

『自殺論』エミール・デュルケーム、宮島 喬 (2018)中公文庫kindle8768

前2つと異なり、一応共同生活をし、「連帯」があるにも関わらず何故なのでしょうかときになるところです。

ここについてはあくまでデュルケームは数値にこだわる男だというのがわかるところです。

 

幾多の統計データが未婚と既婚を分析してもそれほど自殺の下落に有意な指数を示さないということですね。非常かもしれませんが、学問者としてはあるべき姿だと思います。

自殺の原因を克服する方法

ではデュルケームは自殺の原因を克服するにはどうすればいいと考えているのでしょうか。

思想としてはここまでの流れからお分りいただけるように社会をバラバラな個人の集まりと考え結果的に「疎外感」をもたらすものを卒業すべきと考えています。

そして具体的には職業集団にその活路を見出しています。

さて、宗教社会、家族社会、政治社会などの他にも、これまで問題にされなかったもう一つの境がある。それは、同種類の全ての労働者、あるいは同じ職能の全ての仲間が結びついて形成する商業集団ないしは同業組合である。

『自殺論』エミール・デュルケーム、宮島 喬 (2018)中公文庫kindle8852

 

職業集団の何がそれほどまでに優れているのと彼は考えているのでしょうか。この集団を重視する考え方の利点をデュルケームは3つ挙げています。

・・・他方、職業集団は、他のあらゆる集団にもまして次の三つの利点を備えているすなわち、常時存在していること、どこにでも存在していること、そしてその影響は生活の大部分の面に渡っていること、である。

『自殺論』エミール・デュルケーム、宮島 喬 (2018)中公文庫kindle8860

恒常的にかつ安定的に人々に「連帯」を働きかけることができるとともにどこにでも存在しており構成がしやすいこと、そして生活上必要とされるという「実利的」な観点からなどいいことづくめだというのです。

 

これは、「労働組合」というような堅苦しいものではなく、「同僚」(colleague)くらいのものです。

 

部門を問わず職場での関係性がいい組織や会社が根本的に自殺の原因に取り組む上で重要だというのがデュルケームの結論です。

 

このデュルケームの結論への批判はもちろんあるでしょうが、これを読んで私が思ったのはそれなりに納得感はあるなという感覚です。

 

失業した人が絶望し自殺することや職場での人間関係に悩みホームで飛び降り自殺をする人など職場での関係性が難しい人が自殺に至るという話をニュースなどでもよく聞くためです。

 

職業集団における満足度が高い人が自殺で死んだというようなニュースを私は少なくとも聞いたことがありません。

 

 

一方で、その職業集団の「連帯」が強ければいいものでもないという感覚があるのも事実です。日本企業は諸外国と比べて、ジョブ型採用でないことや長期雇用を前提とする慣例なども鑑みると「連帯」が強い国だとは思いますが、その「連帯」の強さゆえに「しんどさ」を感じる人が出てくる人も少なくありません。

 

 

そもそもで言えば、企業におけるそういった雇用慣例がありながら自殺が国として多いことが問題の複雑な側面を物語っています笑

 

 

ただ、雇用のあり方や組織について深く考えていくことが自殺という社会的な大きな損失を間接的にではあれ低減し得るというデュルケームの示唆は個人的には大いに参考になるなと感じています。

 

今後の時代の流れを読んでいく上でも。

 

 

以上、自殺の原因とは何かについてデュルケームのテクストを参照しながら色々と書いてきました。ここに書いた内容は最後以外は私の意見というよりはデュルケームという天才が世の中をどう見ていたかが伝わるように務めたつもりです。

 

至らない部分があるかと思いますが、興味を持っていただいたのであれば、『自殺論』をぜひ見て見てもらえればと思います。

 

こくち

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