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ポールヴァレリーの『精神の危機』まとめ

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「これからはAIの時代だ。」

ここ数年で、よく聞くようになった言葉です。

 

スマートフォンが世に出て驚いたのも束の間、今や多くの人の関心は人工知能です。

 

次は、人工知能が我々の社会を大きく変えようとしています。

 

ここ数百年間、今日のように次から次へと社会を変化させる技術が生み出されてきました。

 

人工知能ですら社会変化の一過程にすぎないと思えるほどです。

 

気になるのは、なぜここまでとてつもない変化を「欧米人」が次々と生み出せるのかということです。

 

今回、この疑問について考察したポール・ヴァレリーの『精神の危機』をご紹介いたします。

 

 

彼は、産業革命など世界を劇的に変えたのがなぜヨーロッパ(やアメリカ)だったのかを検討し、その要因を3つの観点から説明してくれています。

 

世界を変えた原動力❶ーローマ帝国の支配ー

まずヴァレリーは、世界にとてつもない変化をもたらした出発点として、「ローマ帝国」の影響をあげます。

ローマ帝国が支配したところ、その力を感じたところ、さらにはローマ帝国が恐怖や、賛嘆や、羨望の的となったところ、ローマの剣の圧力が感じられたところ、制度や法律の重みが受け止められたところ、司法の機構や尊厳が認知され、手本とされ、ときには奇妙な形で猿真似がされたところ、ーそうしたところには、全て、なにがしかヨーロッパ的なものがあるのだ。

『精神の危機』ポール・ヴァレリー(2010)岩波文庫

 

ここでは、かつてのローマ帝国領土内では、ヨーロッパ的なものとして法による支配がありました。

 

仮説として、そういう司法制度の拡充により安定的な社会があったからこそ、繁栄が起きたということをヴァレリーは述べています。

 

しかし誤解してはいけないのが、ローマ帝国があらゆる発展の原動力を作り出したという因果関係を主張してはいない点です。

 

あくまでも、一事実として、ローマ帝国が支配していた地域で数多くの発明が生み出されたことを看過すべきではないと指摘しているのです。(それで全てを説明はできないということ)

我々にとって大事なのは事実である。この迷信深くかつ理知的な権力、法律・軍事・宗教・形式主義の精神に奇妙に富んだ権力、制服した民族に対して、寛容とよき行政の利点を説いた最初の権力、そうした権力が実に多くの人種や世代に驚くべき持続的な影響を残したという事実のみである。

『精神の危機』ポール・ヴァレリー(2010)岩波文庫

世界を変えた原動力❷ーキリスト教ー

次に、ヴァレリーはキリスト教を挙げます。

 

ローマ帝国による秩序意識や法慣習などは、あくまで外的なものであり、これだけでは多くの変化は生まれませんでした。

 

それとは別にヨーロッパ人に対して、内側からも変える働きかけが必要だったと彼は考えています。それを醸成したのがキリスト教だったのです。

 

・・・ローマの支配が政治的人間のみをとらえ、人々を外的習慣の側面でしか律しなかったのに対し、キリスト教支配は次第に意識の奥底を射程に入れ、手中に収めはじめた。

『精神の危機』ポール・ヴァレリー(2010)岩波文庫

ところで、なぜ他の宗教ではなく、キリスト教がその役割を担ったのでしょうか。ヴァレリーは、その理由を大きく二つ述べます。

 

一つ目は、キリスト教が『内省を要求する』ものだったからです。内省により人々は批判的な思考に至り、現状に慢心しない持続精神を獲得することに成功するのです。

二つ目は、キリスト教に内在する『道徳の統一性』です。

 

この統一性という概念はキリスト教の個々の教義と同等かそれ以上に重要です。

 

 

なぜなら、膨大な数の人間と広く居住するにあたって、中央集権による暴力的な支配だけで管理することは不可能だからです。

 

その不可能性を克服したのがキリスト教の「統一性」です。

 

 

これにより、前述のローマ帝国の法の支配を補強する役割を担ったのです。

 

 

結果、ローマ帝国に自然と従うようにするために、キリスト教による道徳的統一化を目指す試みが行われました。

 

 

何れにしてもキリスト教による人間の『精神を教育し、発奮させ、試行錯誤させ』る力は、社会を理想に向けて変えていく意志をもたらしたのです。

世界を変えた原動力❸ーギリシア幾何学ー

ローマ帝国の法の支配とキリスト教の教義だけでなく、世界を変える原動力がもう一つあります。それはギリシア幾何学です。

 

 

いまいち納得できないかもしれません。

 

というのも、幾何学を考えた人も世界を変える原動力になるとは思いもしなかったからです。

 

幾何学を生み出した人々は、恐らく、自分たちがもてあそぶ計算や図形に特別の興味を抱いた人々であって、自分たちの熱中する閑つぶしが、いつの日か、世界の体系を説明し、自然の法則を発見するような、何か役に立つものになろうとは考えていなかったのだ。

『精神の危機』ポール・ヴァレリー(2010)岩波文庫

 

 

では、幾何学が重要となった理由を彼はどこに見ているのでしょうか。

 

その答えは幾何学が『完璧をめざすあらゆる知識の不滅のモデル』を含んでいる点にあります。

 

ある不滅の知識モデルを持つということは、それに従って何かを生み出せばいいという「機械的思考」を可能にするのです。

 

彼はその例として「都市」をあげます。多くの都市は幾何学をとり入れることで、『古くからの大国が何世紀もかけて築いたものを駆け足で模倣』し短期間で建設されたのです。

 

 

つまり、ある理想の雛形を知っていれば容易に「横展開」することができるのです。

 

この話は都市に限らず、物作りにも当てはまります。

 

 

幾何学という思考法のおかげで変化をすぐに広範囲に引き起こすことができたのです。

 

まとめ

幾多の劇的な発明を生み出した「ヨーロッパ的なもの」とは次のようにまとめられます。

ローマ化され、キリスト教化され、精神的には、ギリシア人の規律に身を委ねたすべての人種、すべての土地は絶対的にヨーロッパである。

『精神の危機』ポール・ヴァレリー(2010)岩波文庫

 

もちろん、当時でも幾つかの性質が当てはまる場所はたくさんありました。

 

しかし、この三つが揃ったのはヨーロッパだけだとヴァレリーは考えています。

 

各要因が相互に作用し、補強しあうことで「世界をどんどん変えていこうと考える人間」の誕生を後押ししました。

 

なお、ここでいう「ヨーロッパ的なもの」はヨーロッパ大陸ではなく、ヨーロッパの精神です。

 

だからこそ、それが持ち込まれたアメリカでもヨーロッパと同様の変化が起きています。『勝っているのはヨーロッパではない、ヨーロッパ「精神」である。アメリカもそこから生まれた恐るべき新勢力なのだ』

 

彼の考え方の斬新な点は、幾多の変化を生み出した「ヨーロッパ」を『人種や言語や慣習によってではなく、諸々の欲望、意志の強さ・・・などによって定義される』と考えたことです。

 

この考え方は、社会を変化させた人々の精神をより具体的に、より詳細に捉えることを可能にしてくれます。

 

今尚、このヨーロッパ精神の延長線上で世界が次々に変化している事を考えると、古代ローマに立戻ること、キリスト教がいかなるものかを考えること、古代ギリシアに立ち返る事が現代社会の理解には重要なのです。

 

 

ヴァレリーは、宗教を学んだり、歴史を学ぶことが「インテリを気取るための飛び道具」を手に入れる戦いではなく、真に我々にとって身近なものである事を伝えたかったのだと思います。

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